イラスト:約8秒で画像が切り替わります【第1回】 夜離れ
  いま仕事で『源氏物語』を現代語訳している。人間だもの、恋も親子関係の悩みもうなずけることばかり・・・・・と言いたいところだが、なにしろ千年も前の、ファンヒーターもエアコンもブラジャーもない時代の物語である。原文だけ読んでいれば分かったつもりでも、いざ訳してみると難しいのは、おそらく英語の得意な人が意味は理解できても、日本語訳は容易ではないのと似たようなものではなかろうか。って、私は英語、不得意なんですが・・・。それでもあえてたとえて言うと、good-byeは日本語では「さようなら」と訳されるけれど、good-byeの語源は“God be with you”、つまり「神がそばにいてあなたをお守りしますように」という意味であるのに対し、「さようなら」は「左様ならば」の変化形。「じゃあ」「それでは」ってだけのことで、「左様ならば、ご機嫌よう」とか「左様ならば、おいとまいたします」といったふうに使われていたのが、あとが略されて「さようなら」になったわけで、宗教の色濃いgood-byeとは語源もニュアンスも異なるのは、社会背景の違いとか、色んな要因がありますよね。
 同じように、現代日本とは婚姻制度も時代背景も違う何千、何百年も前に書かれた古典には、現代の日本語ではどうしても表現しきれない、表現できても一言では言えない、一言で言ってしまうと「原語の滋味」ともいうべき味わいが薄れることばがある。
 ここではそういう現代語訳できない古典のことば、できることなら訳したくないことばを紹介していくつもりである。

 というわけで、“夜離(よが)れ”です。
 四半世紀以上も前になろうか。初めてその語を知った時は、こんな言葉もあるのかというていどで何の感興も覚えなかったのに、その後いくつか恋をしたり結婚するうちに、あまりに言い得て妙な言い回しに、目頭が熱くなる思いが何度もしたものだ。
 この語はこんなふうに使われる。
 “そのころは夜離れなくかたらひたまふ”(『源氏物語』明石)
須磨で謹慎中の光源氏が、明石の君に通い始めてまだ数ヶ月の頃の描写である。
 初めのうちはそうなんだよね・・・。時期はズレるが、同じ光源氏も、結婚十年(自邸に迎えてから数えれば十四年)になる紫の上相手になると、“夜離れ重ねたまふ”(朝顔)という状態で、紫の上は、冗談も言っていられないほどマジに恋しく悲しく思っている。もちろん紫の上は光源氏最愛の妻だし、この時の夜離れは一時的だったのだが。結婚十八年も経つと、光源氏は高貴な新妻女三の宮を正妻に迎え、結婚二十四年ともなると、紫の上のほうはというと、継孫の世話に精を出すことで、“つれづれなる御夜離れのほども慰めたまひける”(若菜下)ということになる。
 が、新妻のほうは案外、夫の訪れなど、待っていないこともあって、とくに心ならずもした結婚だと、新婚でも、“夜離れを何とも思されぬ”(真木柱)玉鬘のような人も。
 あえて現代語訳なしでパパパと紹介してしまったが、要するに“夜離れ”とは、男の夜の訪れが途絶えるってことで、これは、男が女のもとへ通う妻問い婚、あるいは婿取り婚の、それも一夫多妻制の時代ならでは生じた言葉ではあるのだけれど。
 “夜”が“離れ”るというその文字面からも一発で理解できる意味合いといい、“枯れる”に通じる語感といい、それこそ現代語訳すると意味が損なわれるっていうか、はっきり言って訳したくはない古典語であり、「概念」でもある。
 平安時代には、夜離れをテーマにした歌や文学は多い。『蜻蛉日記』などは「夜離れ文学」とさえ名づけることができると私は思っている。
 “なげきつつひとり寝る夜のあくるまはいかに久しきものとかは知る”(『蜻蛉日記』上巻)
 「小倉百人一首」にも採られたこの有名な歌も、結婚一年目に早くも始まる夫、藤原兼家の夜離れによる、苦悩から生まれたものだ。
 夜離れをダイレクトに詠んだこんな歌もある。
 “一夜とて夜離れし床のさむしろにやがても塵のつもりぬるかな”(二条院讃岐『千載集』巻第十四)
 来れないのは一夜だけだと言ったのに、そのまま幾晩も、夜離れたベッドの敷き物に、とうとう塵が積もっちゃった・・・と言うのだから、滂沱の涙ではないか。


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