イラスト【第6回】 思ひ明石の浦千鳥
  古典でもっとも顕著に現代語訳できないもの。それは「名文」であり、もっというと掛け詞がちりばめられた「調子のいい文章」である。
 たとえば謡曲「黒塚」の“長き命のつれなさを、思ひ明石の浦千鳥”という一節。これは、陸奥(みちのく)の安達が原の黒塚に住む鬼女の身の上をうたったもので、“思ひ明石の浦千鳥”には「思い明かし」と「明石の浦」と「浦千鳥」が三重にかかっているわけだが、これをもたもた訳してごらん。落語の「目黒のサンマ」に出てくる、油っけも塩けもすっかり抜いて、冷めたまずいサンマみたいになること必定。文の雅味は雲散霧消してしまう。
 能でうたわれる謡曲には、語ってリズミカルで耳に心地よく、短い言葉で多くの意味をもたせる和歌の修辞法が多用されているし、古歌の心を踏まえた表現もわんさか出てくる。ことばにこめられる情報量が多いから、訳すとなると、長たらしくなることもしばしばだ。“思ひ明石の浦千鳥”は、直接的には『新古今集』の“つくづくと思ひあかしの浦千鳥波の枕に泣く泣くぞ聞く”を踏まえていて、それ以前に『源氏物語』で光源氏が明石の君と出会った明石の地のイメージやら、さらにそれ以前の『古今集』の“ほのぼのと明石の浦の朝霧に島がくれゆく船をしぞ思ふ”といった、寂しく物悲しいトーンを引いている。こうした明石のもつイメージまで説明していたらきりがないけれど、それを知ると知らないでは“長き命のつれなさを、思ひ明石の浦千鳥”にこめられた鬼女の、生き長らえて人を襲って食わずにはいられない悲しさやら業やらへの理解の深さにも差が出てくるので、訳したくはなくても、つい説明したくなってしまう。

 短い中にも、いろんな情報が濃縮されていて、かつ訳したくないことばのサンプルとしては、やはり「謡曲」で鬼女をうたった「山姥」に繰り返し出てくる“よし足引の山姥が”という一節がある。
 “よし足”には植物の「葦蘆(よしあし)」と、道徳的な「善し悪し」が込められていて、さらに「足引の」は、登山すると疲れて足を引きずることから「山」にかかる枕詞で・・・などと説明していたら、聞いてる人は「もうけっこうです」と、うんざりするに違いない。それでも懲りずに付け加えると、“よし”は、掛け声みたいなもので、観客の注意を引く役割もあるだろう。
 その他、謡曲には、以下のように「訳せない、訳したくない」ことばがいっぱいだ。
“その夜を思ひ白玉か”(「山姥」)・・・“思ひ白玉”は「思い知らる」と掛け詞になっている。
“思ひ深草の四位の少将”(「卒塔婆小町」)・・・“思ひ深草”に「思ひ深し」がこめられている。「合点承知の介」に少し似ている。
“年、紅の錦木は”(「錦木」)・・・“年、紅”は「年、暮れ」ない、ね。
“人の心は白雲の”(「通小町」)・・・人の心は知らないってこと。
“判官都を遠近(をちこち)の、道せばくならぬそのさきに”(「舟弁慶」)・・・判官が都落ちして、都のあっちこっちの道が追っ手で閉ざされるその前に、何とかしようってこと。「都を遠近」に「都を落ち」と「都のあっちこっち」が掛けられているというわけ。
“やがて御世に出舟(いでぶね)の”(「舟弁慶」)・・・判官がいつか世の中に出る時が来るっていう期待感と、船が出るのが掛けられている。
“はや艫綱(ともづな)を疾(と)く疾くと”(「舟弁慶」)・・・「早く」って意味の“疾く”にともづなを「解く」が掛けられている。
 と、こんなふうにいちいち書かれると、うるさくなってきますよね。
 この手のことばで身近な例は「その手は桑名の焼きハマグリ」でしょう。これなんか訳すと台無しっていうか、これを訳さなければならなくなったら、そんな日本にはちょっと住みたくはないかも。


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