イラスト:約8秒で画像が切り替わります【第12回】 憎し
  王朝文学に頻出するものの、これまた訳しにくいことば。それが“憎し”である。
 たとえば『源氏物語』では、光源氏が朝顔の姫君をこう口説いたりする。
“一言、憎しなども、人づてならでのたまはせんを、思ひ絶ゆるふしにもせん”(朝顔)
「一言、“憎し”とでも、じかにおっしゃってくれたら、それをあきらめるきっかけにもしますので」
というわけだが、この“憎し”を現代語の「憎い」と訳すと、意味をとり違えることになる。
 光源氏と朝顔の姫君はべつに敵どうしではない。いとこどうしで、どうやら昔、光源氏は朝顔の姫君の顔をかいま見たことがあるようだが、つきあったことはない。そこに深い愛憎感情の生まれようはなく、この場合は「イヤだ」とか「嫌い」とか「不愉快」といったニュアンスに近いだろう。一言、うっとおし い、嫌いと言ってくれたらあきらめもつくのに、というわけで、「憎い」よりはずっと軽い意味合いである。
 “憎し”のわかりやすいサンプルが集まっているのは『枕草子』の第二十六段。その名も“にくきもの”である。清少納言が憎いものとして冒頭に挙げるのはこんなケース。
「急ぎの用事がある時に来て長話をする客。いい加減に扱える人なら『あとで』とでも言って帰してしまえるところだけれど、こちらが気後れするような人の場合は、“いとにくく”面倒である」
「硯に髪の毛が入ってすられているの。また、墨の中に石がきしきしときしんで鳴っているの」
 このあたりになると明らかに今の「憎い」とは違うことがわかる。むしろ「ムカつく」とか「イラつく」といった感じに近いだろう。こんなのもある。
「眠たいと思って横になったところ、蚊が細い声でわびしげに名乗って、顔のあたりを飛び回る。羽風までその身のほどなりにあるのも“いとにくけれ”」
 「うっとうしい」「イライラする」とでもいう意味だろう。いずれにしても、現代語の感情的な「憎い」と違って、単に不快感をあらわすかなり気軽な感じのことばであったことがわかる。

 古典の“憎し”は、文脈によってさまざまに訳す必要のある、どちらかというと気楽に使えることばだったことが分かるが、そんななか一つだけ、現代の「憎い」に近いような“憎し”が『枕草子』にもある。それは、
「自分の恋人が昔つきあっていた女のことを褒めて口に出したりするのも、時間が経っていることであっても、やはり“憎し”。まして当面つきあってる女のことを言った場合はさぞかしと思いやられる」
 これはかなり今の「憎い」に近いのではないか。男が元カノを褒めるのを聞けばムッとするし、憎悪の念すら覚えることもある。
私も以前、彼が七年も昔につきあっていた元カノのことを「すごく育ちが良くて、彼女とちょっと話した人はみんな彼女の魅力にやられてしまうんだよね」と聞いた時、殺意さえ覚えたものだ。そんな昔の思い出をまだ大事に温めているというところも憎いし、昔のこととて、今現在の私にはもうどうすることもできないというか、永遠にその元カノとは対等に競いあうことができないと思うと悔しさもひとしおであった。
 『枕草子』のこの“憎し”はそのへんの心理を実によく言い当てていて、現代語の感情的な“憎し”までもう一歩という感じがする。
 そう思って古典の“憎し”を見ると、男女間のことに使われる“憎し”だけは、やや感情の深みが含まれていることがわかる。たとえば、
“紫のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも”(『万葉集』)
 この「憎い」は重い「憎い」とも違う、どちらかというと「嫌い」「好きじゃない」という意味合いだが、だからといってそう言い換えると味気なくなってしまう。
 光源氏が朝顔の姫君に放った「一言、“憎し”とおっしゃってくれたら」の一語と同趣のものがあると思う。
 今の「憎い」ほど重くはないけれど、恋にまつわる感情のもつれや理不尽も感じさせる“憎し”。この、男女間に使われていた“憎し”が、現代の感情的な「憎い」に進化したのではないか。
 「憎からず思う」なんて今も使われることばはそんな“憎し”の名残というか、“憎し”と「憎い」をつなぐ掛け橋になるような語であろう。
 軽いように見えて、意外な深みもあわせもつ古典の“憎し”。「憎い」と訳すことはできないけれど、別の語に置き換えるのもつまらない、憎たらしいことばではある。


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