イラスト:約8秒で画像が切り替わります【第25回】 ほがらほがら
 ぽかぽか陽気だけれど、まだ肌寒い春の日に、卒業式だか入学式だかで、「うららかな」「春の」「光を」「浴びて」と、ことばを区切って、グループごとに唱えさせられたことを思い出す。
 “うららか”は平安時代にも使われていた古語でもあって、つまり今も生き延びている化石のようなことばだ。古典では、
“日いとうららかに照りて”(『宇津保物語』)
などといい、使い方も今と同じ。今はなき似た古語には“うらうら”もあって、これは教科書でもおなじみの、
“うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも一人し思へば”(『万葉集』)
という大伴家持のアンニュイな歌で有名だ。うらうらと陽気な春の日に舞い上がるひばりを見ると心悲しい。私一人は悩んでいるので ・・・・・ って感じの意味。天気が良くて、周囲が明るいほど、自分の孤独が際立って落ち込むってのは今もありますよね。
 ついでに“うらら”も、上の二つと似た意味の古語。♪ウララウララという歌も1970年代にはあったが(「狙いうち」作詞・阿久悠、作曲・都倉俊一)、古語の“うらら”とは直接の関係はあるまい。
 が、今回の主役はウララウララではなくて、“ほがらほがら”である。
「空が晴れて、太陽が明るくのどかに照っているようす。春の日をいう場合が多い」(日本国語大辞典)という意味の“うららか”に対し、“ほがらほがら”は「明るく晴れるさま、夜が次第に明るく明けて行くさま」(同上)。 “しののめのほがらほがらと明けゆけばおのがきぬぎぬなるぞわびしき”(『古今和歌集』)
などと使われる。東の空が“ほがらほがら”と明けていくので、それぞれ衣服を身に着けて別れなきゃいけないのが悲しい、というわけだ。
 “うららか”が平安の昔から今も生き続けているのに対し、“ほがらほがら”が絶滅したのは、だんだん人が夜型になってきたからかなぁなどと最初は思ったが、これは夜型の現代人、というか私の浅知恵。
 昔の人は平安時代でなくたって、江戸時代もつい戦前も、働き者は日の出と共に起きていたし、現代だって、年取った人や、通勤・通学に時間のかかる人、 その他、日の出を見るのが趣味で物凄い早朝に起きる人もいる(そういう女友達が現にいるし)。

 じゃあなんで?と、さらに考えると、一つには、男が女のもとに通う「通い婚」が廃れ、女が男の家に嫁入りして同居するようになって、東の空から“ほがらほがら”と夜が明けていく時間帯に、カラダを交えた男女が泣く泣く離れ離れになるというシチュエーションが消えたからではないか。
 “ほがらほがら”は12世紀初めにできたと言われる『袖中抄』という歌用語解説集にも載っていて、主に歌で使われることばだったようだ。
 歌はもともと男と女が魅かれ合い、互いに口説きあい、思いを述べて、セックスにこぎつけるために生まれたものだと私は考えている。しかるに“ほがらほがら”は歌語。結婚形態の変化によって、“ほがらほがら”なシチュエーションで、男女の性愛に関わる営みがなくなってきた。一緒に早起きして、東の空を見ることはあっても、「さぁ働くぞ」となりこそすれ、そこで別れを惜しんで離れ離れになる、やむにやまれぬ切なさを感じる必要はない。
 あくまで私の憶測だけど、それで、だんだんと絶滅したのではないか。
 一方、“うららか”が残ったのは、おそらくはもともと日常用語であって、しかも主に春の陽光を意味するために、時代と共に古色蒼然とした語になってはきても、春は儀式の季節である。冒頭で紹介したように、卒業「式」とか入学「式」では、今の生活ではふだん使われない文語調・美文調の文体がむしろ、儀式の厳粛さを増していいわぁというので、命脈を保ったのではないか。
♪仰げば尊し我が師の恩(「仰げば尊し」作詞作曲者不詳)なんて古語の塊だが、今も必要不可欠な儀式で歌われるからこそ、なんだかんだ言っても生き続けているのだ。
 あと、語感もある。
 母音の「う」で始まって、「か」でビシッと締めくくられる“うららか”は、いかにも儀式にふさわしい格調の高さがあるが、“ほがらほがら”は、「ほ」という第一声からして、脱力する。「はらほろひれ」とも言うように、ハ行は脱力のオンパレードだ。そのハ行のしまりのなさを最も象徴するハ行どん尻の「ほ」がはじめにきて、「ら」というこれまたしまりのない締め。それが“ほがらほがら”と二連発なんだから、気分はどこまでも儀式の厳粛さとはほど遠くなる。
 それに加えて、“ほがらほがら”な朝焼けに男女の性愛絡みのロマンティックな別れというのがなくなって、和歌も日常から遠くなっていく。
 同じように陽光を表しながら、“うららか”は残り、“ほがらほがら”は消えていったのは、こんな理由もあるんじゃないか。
 が、“ほがらほがら”こそ消えたものの、その仲間は今も“うららか”以上のメジャーなことばとして残っている。
 それが“ほがらか”。
 “ほがらか”には、“ほがらほがら”にあった「光がさして明るい」という意味はもちろん、「人の表情がはれやか」(以上、日本国語大辞典)という意味もある。  “うららか”をキリリと引き締めた“か”が語尾にきている“ほがらか”は、今は日常にはさほど使われないとはいえ、立派な現代語であることは間違いない。  それにつけても、その仲間の“ほがらほがら”の絶滅は惜しい。
 嫌なこと、イライラすることがあっても、「ほ・が・ら・ほ・が・ら」と何度か唱えてごらん。なんとなく心身がリラックスするから。
 忙しく、せわしない現代、そんな癒しの呪文として復活させてもいいんじゃないかな。


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