アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
  【第1回】  海を挟んでつれション →バックナンバーに戻る

 「我以外は我が師なり」とはよくいったものだ。が、だれのいった言葉なのか、思い出せない。我が家にある二冊の「名言集」を引いて、それから近所の図書館にあるのもみな引っぱってみたけれど、出てこない。
 もしかしてこれは、まえ住んでいた近所の豆腐屋のおやじさんが教えてくれた言葉だったのかなと、久しぶりに行って店先で豆乳を立ち飲みしながら聞いてみた。「知らないなぁ、その名言は。きみが作ったんじゃねぇのか・・・」といわれてしまった。



 ともかく、外国へ行って新しい言語を覚えようとする者は、毎日が「我以外は我が師なり」の連続だ。ぼくの場合は(名言の類いは例外的だが)わりと、何をいつだれに教わったか、覚えていることが多い。来日して、すぐに習字教室に入り、その先生に沢山の言葉を、書き順まで丁寧に教えてもらった ― ―「いろは」をはじめ、「早春の光」だの「清新の気」だの「日進月歩」、やがて「楷書」も「落款」も。しかしまた、習字仲間の小学生たちからも、もらった言葉がある。例えば「ちくる」とか「二度書き」とか。
 当時、ぼくは古いアパートの三〇三号室にいたが、三〇二号室には工事現場で働く兄ちゃんが住んでいて、ときどき廊下で立ち話をするのだった。その中で「ジャン」や「オケラ」など、競輪にまつわる単語をいくつも覚えた。
 どんなにくだらないテレビでも、こっちにとってみれば未知の表現の宝庫。和英辞典を片手に耳を澄まし、昼メロもクイズ番組も、一生懸命見た。



 だが、在日十一年ともなると、日常会話の範囲内のものはほぼ網羅でき、諺や四字熟語も、たいがいはどこかで出くわしている。なのに、いまだに米国青年面をしているからなのか、出会う日本人の中に、どうしてもジャパニーズのひとつやふたつを、教えてやろうとする人がいるのだ。その気持ちをありがたく思いながらも、相手が何を教えようとしてきたかで勝手に性格を判断したり、ちょっとした精神分析ごっこまで小生意気にも楽しんでしまう。
 統計は取っていないが、これまでに教わった回数でいうと、「一期一会」が一番多いのではないかと思う。しかも「日本人の心の・・・」「日本独特の美しい言の葉・・・」エトセトラのような前置きが付く。
 「あッ、またきたな」と神妙な顔をつくって、静かに待ち受け、そして「ええ、ぼくも好きですよ、甘くてネ、イチゴ大福なんかも大好き・・・」などと落とす。いま思えばまるで予言みたいに、あの言葉を教わったときの出会いというのは、ほとんどが一期一会で終わっている。
 比率でいうと、「一期一会」を教えようとするのは、女性の方がやや多いか。それに対して、中年の男性がよく教えようとする言葉には、「つれション」がある。もちろん薮から棒にではなく、会議か催し物か何かで、たまたまトイレでいっしょになったときだ。小便器の前で並んで立っていると、「知ってる? これって、日本語で何ていうか・・・」。
 むかし、英会話スクールで教師のアルバイトをしていた頃、生徒のサラリーマンのひとりから教わって、その一回目は、新単語とともに一種の感銘も覚えた。ただ、つれション学習が度重なるにつれて、その感銘も薄れ、いつしか「おやじギャグ」の部類に属する語として、ぼくは捉えるようになっていた。




 先だって、ミシガン州に住む幼なじみからの久しぶりの電話に、朝早く起こされた。互いの近況、料理人である彼の仕事の様子、それぞれの夫婦生活、あれこれしゃべっているうちに、だんだんと、小便したくなってきた。それをいうと、彼も同じ満タン状態だといい、そこでぼくはふと「そういえばジャパニーズには、いっしょに並んでションベンすることをいう特別な、おっかしな言葉があるんだ・・・」と"tsureshon"を英語解説付きで教えてやった。
 それから電話を切り、便器を前にして考えた ― ― そろそろもう日が暮れただろうミシガンでは、いま、彼もきっと同じく放尿中。太平洋と国境を挟んだ、スケールの大きい「つれション」といえるだろうか。
 しかし英訳してまで、そんな言葉を友人に教えようとする自分・・・・・ ひょっとして、既に「おやじ」という時間帯に、入ってしまっているのかもしれない。



アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』(福音館)、『Our Cup of Tea ティータイムがと・く・い』(星雲社)、訳書に『どんなきぶん?』(福音館)など。
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