アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
  【第2回】  火鉢バーベキュー →バックナンバーに戻る

  ある単語の意外な語源を知って驚いたり、知っているつもりの諺のホントの正体に出くわしてビックリしたり、言葉に何らかのショックを受けるということは、だれにでも経験があるだろう。ぼくの場合、生活の中で英語と日本語の間を行き来しているので、よけいその回数が多いかも分からない。
 今までに受けたランゲージ・ショックの数々を、もしリストアップするとなったら、「火鉢」の驚きはきっとトップテンに入るだろう。ミシガンで生まれ育って二十二歳になるまでジャパンとまるで縁のなかったぼくにとって「ヒバチ」は、「ウルトラマン」以外にほとんど唯一親しみを感じるジャパニーズだった。
 ジャパニーズといっても hibachi という語はアメリカで広く使われ、普通のイングリッシュ・ディクショナリーにも載るくらいの、れっきとした英単語だ。そしてミシガンの我が家にあった hibachi はディクショナリーの定義どおりの、典型的なものだった。



 さて二十三歳になる少し手前で来日して、日本語学校に入り、ある秋晴れの日、先生とクラスメートとみなで遠足に出かけた−−深川江戸資料館へ。オールドジャパンの何もかも珍しくて、先生に「これは何ですか?」と聞いては「笠」をかぶってみたり、「蓑」を羽織ってみたり、実物大の模型の店や家に上がり込んだりもして、はしゃぎ回っていた。
 「米屋さんの家」だったか、一軒の居間の畳の上に、丸い陶製の、でっかい桶のような、釜のような不可思議なモノが置かれていた。中を覗けば細かい灰がいっぱい、そこにメタルのチョップスティックが差し込んである。「先生、これは?」と尋ねたら、「ヒバチ」と返ってきた。
 ええッ? そんな! hibachi というのは、野外でバーベキューするためのグリル、つまりコンロで、もっと小さくて、鉄の網をのっけてハンバーガーとかフィッシュとか焼くんだよ−−ぼくがノートにちょっとした図を描きながらゴッチャの英語と日本語で、先生にそう説明すると、「ああ、それはヒバチじゃなくて、シチリンっていうのよ」といわれた。館内の「長屋」辺りで探し当てて、見てみると何と、まさしく「七厘」はぼくのいう hibachi そのものだ!



 でもなんだか信じられず、その後、行きつけの八百屋のおやじさんに再確認したり、日本語の百科事典でも調べたり……。しかしどう見ても、「火鉢」というのは暖をとるための調度品で、「七厘」イコール簡便なコンロである。そしてなぜか、後者を英語に訳すと hibachi となる。
 いったいなぜなのか? ぼくの勝手な仮説に過ぎないが、昔むかし来日したとある西洋人が、一儲けしようとエキゾチックなあれこれを買い集めて船いっぱい自国へ持ち帰った。けれど、品物の名を覚えるときふっと、火鉢と七厘を混同した。(あるいは荷造りの際、だれかがローマ字のタッグを反対に付けてしまったのか)。そんなわけで shichirin のネーミングを受けた火鉢が、西洋では一向に流行らずそのまま立ち消えになったが、逆に七厘の方は hibachi という名の下で、便利なオリエンタル・プチ・バーベキュー器具として、大いに広まった……。




 無類のバーベキュー好きだったうちの父親は、「こいつは炭を食わないからえらいんだ」と、hibachi が気に入り、しょっちゅう使っていた。思えば自宅に一台、それから釣り小屋にも一台あった。専用の小フイゴまで持っていたのだ。
 父が死んで、もう二十年になる。もしどこかで、父のゴーストにばったり会ったら、伝えたい話は山ほどたまっている。hibachi−shichirin の話も、ひょっとしてそのトップテンぐらいに入るかもしれない。おまけに「日本人はフイゴではなくてウチワを使って煽るのだ」ということと、「普通の煮炊きはたった7厘ほどの炭で間に合うところからシチリンの名がついた」ということを付け加えて。

 ぼくは、どちらかといえば、肉よりも魚の方が好きで、中でも炭火で焼いた秋刀魚が最高だ。でも、久しぶりにアメリカへ帰ると、hibachi で焼いた草鞋みたいな steak が食べたくなる。

 



アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』(福音館)、『Our Cup of Tea ティータイムがと・く・い』(星雲社)、訳書に『どんなきぶん?』(福音館)など 。
閉じる トップへ
new_copyright2003.gif