アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
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 たまに、近所の八百屋でアボカドを見かけると、一個買って帰り、よく熟れた頃合いを見計らって、妻と半分ずつ、山葵醤油(わさびじょうゆ)で食べる。まるで鞣(なめ)されたかのようなあの不可思議な皮に、「メキシコ産」のシールが貼ってあることが多い。
 メキシコの隣国で生まれ育ったぼくは、子供の時分からアボカドに親しんできた−−さまざまなサラダの中で、あるいはクラッカーやポテトチップにつけるどろどろのソースで、はたまたターキー・サンドイッチにアボカド・スライスを挟んだりもして。



 しかし日本に来て、山葵醤油に浸したヤツを、知人からすすめられて試食、ぼくは面食らった。これこそホントのアボカドのうま味だ! と、それまでに味わった数々のアボカド料理がみんないっぺんに、イマイチの亜流のように思えた。
 この avocado=sashimi の発見をだれかに話したくて、当時大学生だった妹に(ちょうど何か別の用もあったかもしれないが)、国際電話をかけた。そしてすかさず、「それは当然、合うでしょう。だって California Roll っていう sushi もあるぐらいだから」と、あっさりいわれたのだ。同じ米国でも、どちらかといえば東海岸の方に詳しいぼくは、そこで初めて「カリフォルニア巻」の存在を知り、ちょっと悔しかった。



 妹は今、サンフランシスコに住んでいる。東京でアボカド・サシミを食べる度に、ぼくは彼女を思い出す。また最近は、その延長線で、妹の履物(はきもの)まで浮かべることがある−−うちの妹は完璧な裸足派。ちびっ子の頃、何を履かせてもいつの間にか脱いで、何度履かせても脱いでしまい、一人で出歩くようになってからは、さすがに裸足じゃなくなったが、ほとんどいつもサンダルだ。冬以外は。
 いろんな型とスタイルがあって、あまり細かいことは分からないが、妹が昔からよく履いていたサンダルの種類に huarache というのがある。底がぺしゃんこの、メキシコ風レザー・サンダルで、甲の部分に革で編んだストラップがついている。名前はメキシカン・スパニッシュからの「外来語」なので、発音もスペイン語風だ。しょっぱなの hua が「ワ」で、最後の che イコール「チェ」。
 それくらいのことは、ぼくは知っていた。が、数か月前に英語で詩を書こうとして、登場人物の一人に huarache を履かせたいと思い、でもスペルがいささか不安だったのでイングリッシュ・ディクショナリーで確かめてみたら、こんなことが書かれてあった−−[from Japanese "waraji", straw sandal]つまり「草鞋(わらじ)」という日本語が、太平洋を渡って新大陸のスペイン語となり、今度はメキシコ経由でUSAに入国、やがて我が妹の足まで一人歩きしてしまっていたというわけだ。おったまげた。
 さっそく妹に教えてやろうと(でも「そんなの知ってるわヨ」っていわれたら悔しいなぁと思いながらも)、eメールを送ったら、「へえ、知らなかった」という返事が来た。ついでに「ホンモノの Japanese huarache の履き心地はどうかしら?」とも。




 クリスマスも近いし、エアメールの料金を考えると、いい軽さだし……とぼくは、信州山奥の栄村で編まれたトラディショナルなヤツを注文、今年のプレゼントにすることに。
 海を渡って行く草鞋の旅は、また始まる。



アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』(福音館)、『Our Cup of Tea ティータイムがと・く・い』(星雲社)、訳書に『どんなきぶん?』(福音館)など。
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