アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
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 ミシガンのキンダーガーデンに在籍中のころ、ぼくは、大きくなったらカウボーイになってみせると決め込んでいた。そのためのトレーニングというか、希望的身なりと呼ぶべきか、毎日のように擬革のブーツを履き、「SHERIFF」と書かれた星形のブリキ・バッジを胸につけて、ところかまわずカウボーイハットを被ったり首から紐でぶら下げたり。
 最初は、麦藁帽子風のヤツだったが、おねだりの甲斐あってバースデープレゼントに、黒いフェルト製の本物のテンガロンハットを買ってもらえた。首紐は上質のレザーで、赤と黒の飾り紐も巻いてあった。



 「テンガロンハット」を『大辞泉』で引いてみれば「ten-gallon hat 水が10ガロン入る帽子の意」とある。ぼくも長いこと、そう信じていた−−カウボーイの夢をあきらめ、でも、何になったらよいのか分からぬまま大学生になってしまったあたりまで。ところで、だ。
 大学一年目の終わりに、ぼくの生年と同じ製造年の中古車、大きなシボレーを知り合いのおばあさんから四百ドルで譲ってもらった。格安は格安だったが、それに正比例するみたいに燃費が悪く、限られたポケットマネーでどうすれば愛車に十分なガソリンを飲ませ、自らの腹も満タン、いや、八分目にでもできようか、常々つきまとう問題だった。ただ、年末年始は、お年玉ならぬクリスマスマネーでいくらか懐が暖かくなる。というので、二年目の冬学期始めのある日、セルフサービスのガソリンスタンドでポンプを握り、メーターがチクチク回るのを眺めながら、遠慮なく注入していた。1ガロンというと3.785リットルだが、やがてメーターが10ガロンを過ぎ、ぼくはふと、在りし日のテンガロンハットを思い出した。「オーバーなネーミングだよなぁ……ワンリットル入れたってあふれるんじゃないか……だれが考えた誇大広告だろう?」 気になって、大学の図書館の分厚いエンサイクロペディアで調べ、結果、まるで、幼年期のメモリーの飼い葉桶を豪快に引っ繰り返されるような思いがした。
 何しろホントは、容積とはまったく関係ない名称なのだ−−南北戦争が終結した1865年、ステットソンという帽子職人がソンブレロをベースに新しいデザインの紳士帽を作り出し、つばの上に巻かれた数本の飾り紐が、そのセールスポイントのひとつだった。スペイン語で飾り紐のことを galon というが、少しエキゾチックな雰囲気を添えようとステットソンは、これをメキシカンスパニッシュから拝借。実際に十本あったかどうか、ともかく惜しみなく巻いてある点を10で強調して、「十本飾り紐帽」が誕生。
 それが西部ではバカ当たり、ステットソン氏がたちまち富豪に。けれど、ハットを買って被っている庶民の大半は、スペイン語の知識がなく、手っ取り早く日常米語で galon に近い単語、つまり gallon と差し替え、あるいは混同したりして、いつの間にか帽子名のオフィシャルなスペルにもl(エル)が一本増え、今日に至るというわけだ。



 メモリーといえば新宿西口の「思い出横町」で、四年前のある日のランチタイムに、心中の英和と和英のドンブリを、やはり豪快に引っ繰り返されたことがあった。横町の奥にある「つるかめ食堂」へふらりと入り、壁一面に貼られた豊富なメニューを物色していたら、「ソイ丼」が目に留まった。「たしかソイという魚があったな、手頃な値段だし、ものは試し」と頼んでみたら、大豆たっぷりのカレー味煮込みをライスにぶっかけた変わり種の大丼が出てきた。
「……ソイって、ソイか! 英語の soy だ」。
 意外においしく食べながら、わざわざのイングリッシュ・ネーミングの摩訶不思議について考え出し、その延長線で soy の語源も少々気になった。部屋に帰ってディクショナリーを引っ張る−−from Japanese "sho-yu" とある。おやッ!
 でも、なるほど、「しょうゆ」を繰り返し早くいうと「ソイ」にだんだん聞こえてくる。さらに調べれば、どうやら三百年ほど前、「ジパング」で醤油を味わった西洋人が、「このソースの名は?」と尋ね、「しょうゆ」といわれ、「アー、ソイ……ソイソース」。それから原料について聞いて、「豆か……従ってソイ・ビーンズ」と大豆を英語で醤油豆と命名したらしい。




 しかしまあ、そんな流れもののごとき soy を、逆輸入してメニューのラインナップに入れ、日本語として勇敢に復活させるなんて、つるかめ食堂のご主人に脱帽。
 丼じゃなくてハンゴウに盛れば、あの「ソイ」は一見、カウボーイ料理のベークドビーンズに見えること請け合いだ。もしかしたら、西部劇からヒントを得たのか。



アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』(福音館)、『Our Cup of Tea ティータイムがと・く・い』(星雲社)、訳書に『どんなきぶん?』(福音館)など 。
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