アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
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 六年ほど前、ある出版社から頼まれて、日本各地の高校で英語を教えているネイティブの先生たちに、ジャパニーズイングリッシュに関するアンケートをとったことがある。「よく耳にする典型的なミステーク」や「笑える和製英語」など、いくつかのカテゴリーに大別して用例を挙げてもらったが、「今まで見聞きした中で最もイヤなエグザンプル(例)は?」という質問も、おまけのようにつけ加えた。
 それに対して、はしなくも「ジャイアンツの長嶋サンの発するフェイク・イングリッシュ」と答えてきた先生が多かった。そのナゼには、「ちょっとニガテ」と比較的ソフトなものから、「マヌケだ」と切り捨てるものまで、また「知ってました? メークドラマを MAKE DRAMA と英語表記にしたうえ、ローマ字として読めばナガシマの正体が現れるって。マケドラマ!」と、かなり手の込んだ回答もあった。ともかくネイティブにしてみれば、ミスターのイングリッシュは箸にもバットにもかからない代物らしい、といった結果だった。
 正直いうとぼく自身は、アンケートをとった時点で、すでに在日期間が六年に及び、長嶋茂雄発の英語まがいの流行語に耳が慣れて、気に障らなくなっていた。けれど反対に、監督の日本語にかなり参った経験があり、そっちのほうを問題視していたのだ。いや、問題というほどのことでもなかろうが、こんないきさつがあった−−。



 周知のように、日本のプロ野球選手権が「日本シリーズ」と適切に命名されているのに対して、米国のそれには「ワールドシリーズ」と大げさかつ高慢ちきな名称がついている。だが、それくらいアメリカのファンの多くは他国のベースボールに無関心であり、我が国イコール世界だと思い込んでいる。メジャーリーグでジャパニーズが大活躍し、その試合が連日ジャパンで放送されても、逆の現象は起きない。一部マニアを除けば、米国で日本のプロ野球に注目しているのは、次の ICHIRO や SASAKI を狙うスカウトたちくらいか(連中はもちろん虎視眈々と)。
 しかし1994年は違った。大リーグの選手組合がシーズン途中でストライクならぬストライキを豪快に打ったのだ。最初の一、二週間はマスコミもファンも面白がって、組合とオーナー連盟の交渉の「ハイライト」が毎晩のニュースでからかい半分に紹介された。でも、歩み寄るどころか両者間の溝が日に日に深まり、ストが長引いてとどのつまりワールドシリーズ中止となってしまった。
 その結果、ネタに飢えた米国スポーツ誌の記者たちが東京へ飛来して、森監督の西武ライオンズ vs 長嶋監督の読売ジャイアンツのシリーズを大々的に取り上げた。当時、くるもの拒まず翻訳と通訳をやっていたぼくのところにも、『スポーツ・イラストレーテッド』から依頼が舞い込んできた。
 試合の前日、『スポニチ』『東スポ』『サンスポ』『報知新聞』など、駅の売店で買いそろえて、シリーズ関係の記事をざっと読む(目の毒になるような記事は見る暇もなく)。当日の朝刊もあれこれ入手、車内で読みながらホテルオークラへ。ロビーでトム・ベルドゥッチという、中堅のスポーツライターと落ち合い、後楽園に向かうタクシーの中で、新聞記事の「にわかダイジェスト英訳」を聞かせる。ビッグエッグ着、プレスパスを首にかけて入場、報道席でトムがさっきのダイジェストを確認するように、日本の記者たちにいろいろ尋ね、ぼくはひやひやとその通訳。それからダグアウトの前で、選手にコメントを求める通訳、ビールとつまみを買うときの通訳も。
 試合が始まれば見ての通りだし、トムのほうがぼくの百倍くらい詳しいので、こっちが解説してもらう側に。



 当日は巨人軍の勝ち。他の記者たちのあとについて、小走りにドームの舞台裏というか内臓部というか、たぶんロッカールームに隣接する大部屋へ。ミスターの会見がまさに今、始まろうとしている。
 最初の質問(ピッチャーチェンジのタイミングについてだったか)を受けて、長嶋監督が話し出す。ぼくは質問の要点を素早くトムに通訳したうえ、答えに耳を傾ける。聞いている最中は、独特の迫力も伝わってきて、何となく分かるような気持ちにさせられる。が、さて英語に置き換えようとすると、まるで蜃気楼が消え失せるように、水がざるからスーッと抜けるように、ほとんど何も残らない。でもトムに何かいわなければと、必死になって話に出てきた単語だけ、どうにかそれっぽくつないで英語のセンテンスに。
 二十分ばかりの短い会見だったが、あんなにくたびれた通訳は、いまだかつて経験したことがない。ただ、もう一度だけ、「東京国際映画祭」でイランの映画監督の舞台挨拶のとき、似たような「藁(わら)をもつかむ通訳」をやったことがある。監督はボソボソとペルシア語を話し、それを日本語に置き換える通訳者がいて、ぼくは彼の脇に突っ立ち、その日本語を英語に直す役だった。
 通訳の通訳の場合、そうなっても無理もないが、長嶋監督のあのときも、一種の二重通訳といえるかも分からない。つまり、本人は日本語で考えているのではなくて、野球語、いや、ひょっとして野球そのもので思考し、自分の中でそれを日本語に直そうと努力しながら話している。となると、その発言を英語に直すのは、もう「伝言ゲーム」の域に片足を踏み入れた作業だ。




 やがてジャイアンツが優勝を決め、『Sports Illustrated』の「Japan Series」特集号の発行を、ぼくは池袋の一隅でおっかなびっくり待った。自分のごまかしナガシマ通訳が、そのまま“ ”(引用符)に囲まれて活字になってやしないかと。
 でも届いてみると、トムのペンによる記事が長文にもかかわらず、ミスターの発言は一つも取り上げられていないのだ。見抜かれていたのか、ぼくの通訳……。それともミスターのほうか。



アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』(福音館)、『Our Cup of Tea ティータイムがと・く・い』(星雲社)、訳書に『どんなきぶん?』(福音館)など 。
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