アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
  【第10回】  ペリーとパリと落書きのスタンダード →バックナンバーに戻る

書いてはいけないところに書くと、「落書き」ということになる。
 「バカ!」や「ヤなヤツ!」、ハートマークを間に挟んだ二人の名、「打倒」を挟んだ二つの暴走族の集団の名など−−どれも「筆者」本人は何かに駆られてマジックかスプレーを執り、多少のスリルを味わいながら綴るのだろう。が、後日の通りすがりの「読者」にしてみれば、ほとんどの落書きはつまらない代物だ。目障りに思うか、わが家の外壁じゃなくてよかったと思うか、がんばって解読してもせいぜい「それがどうした」といったあたりで終わる。ま、橋の欄干に書かれたハートマークの類いなら、「どうぞお幸せに」とは思うけれど、「二人をつなぐものはひょっとして、今やこの落書きのみか」という推測も頭をよぎる。



 21世紀のぼくらに比べ、幕末の江戸市中を歩いていた人々のほうが、風刺のきいた面白い「落書き作品」に出くわす確率が高かったに違いない。もっとも、当時は「落書」もしくは「落首」と呼ばれ、筆者たちが紙に書いて、人目につきやすいところへ落としておいたり、風刺の的となった人物の家の門に貼ったりした。秀作は枚挙にいとまがないのだ。
 米国人だからか、ぼくにはペリーの来航を揶揄ったものが特に楽しい。
 「日本を茶にして来たか蒸気船たった四はいでよるも寝ささん」や「泰平のねむりをさますじょうきせん たった四はいで夜も寝られず」が有名だ。「上喜撰」というカフェインたっぷりの茶の銘柄と、黒船の「蒸気船」をかけた駄じゃれが、今はさほどピンとこないが、当時の江戸町民をうならせたろう。
 気がかりで眠れない人がいれば、忙しくて寝る暇もない人もいた。というのは、ペリー出現で日本の軍需産業がにわかに活気づいて潤い、武具馬具の職人だの鍛冶屋だのがうれしい悲鳴をあげていたようだ。そしてそれを楽しく見透かした「武具馬具屋アメリカ様とそつといひ」という力作が出た。現在の米国の軍需産業に置き換え、たとえば「爆弾屋ビンラディン様とそっといい」のようなテロとの戦いバージョンも、つい作りたくなる。
 ペリーが、来年の春にかならず戻ってくると言い残し、いったん日本を離れたあと、こんな落書が現れた−−「日本にひつつきたがるアメリカをまづ春迄と引のばしけり」。相変わらず今でも、とかく引き延ばしたがる政府の、とりわけ金融政策なんかをからかう替え歌ができそうな・・・・・。



 文学の一ジャンルとしての落書・落書きが、1960年代の後半にもう一つの黄金時代を迎えたといえよう。当時の反体制運動の気運の高まりと、「書いてはいけないところに書く」という反抗的な性質がジャストミート、「落書きルネサンス」とでもいうべきものが、パリを中心に開花したのだ。
 68年5月。パリ大学やソルボンヌ大学の学生たちが、警察にあれこれ叩かれたあげく、カルティエ・ラタンに「解放区」を築こうと試みた。そこへ案の定、警官隊が送り込まれて衝突、たちまち数万人規模の市街戦に発展。ここまでくれば、労働組合も重い腰を上げてゼネストを打ち、「5月危機」となる。
 結局はド・ゴール大統領の「飴と鞭(ムチ)」作戦で切り崩されてしまうが、あっけない危機の間にパリ市内、特にカルティエ・ラタンの壁や塀におびただしい数の落書きが執筆されたのだ。その中には言い得て妙の名文が少なからずあり、集められてのちに「グラフィティ・コレクション」として本になったり、今では英語の「名言集」にも数多く収められている−−。

 「真実を拭い去ることはできない、偽りをも」
 「狂っているのは人間ではなく、体制なのだ」
 「〈自由〉とは〈やむを得ない〉の良心である」
 「〈国民投票〉=国民が自らの手で手かせ足かせを選ぶための制度」
 「資産あれば疎外なし」




 ニューヨークの落書きに、パリのそれのような哲学の香りを期待するのは、無理というものだ。けれどユーモラスで皮肉のきいたものに、ところどころ出合える。
 NYCに限らず、おそらく全米でも最もポピュラーなのは、レストランや公共施設のトイレに備えつけてある「エアタオル」の機械に書かれるグラフィティ。手を乾かすための熱風を吐き出すその機械の表面に、いわずもがなの「使い方」が、1)から3)まで印刷してある。最初に「手を洗い」、そのうえでよく「振って水を切り」、それから「送風口の下で両手をこすり合わせるようにする」と、とてもていねいな指示である。そして、そのすぐ下に、だれかがこう加筆−−4)WIPE HANDS ON PANTS。つまり「ズボンで手を拭け」と。要は、エアタオルで手がちゃんと乾いたためしがないので、みなまでいうならホントのみなまでいわせてやろうと、そんな小気味のいい落書きだ。
 少年のころから、ぼくは幾度となく目にして、機会があれば自分でも書いてみたいとずっと思っているが、書かれていないエアタオルをまず見たことがない。それほど米国内での普及率が高く、まさにグラフィティのスタンダードナンバー。




 何年か前に、ニューヨークのチャイナタウンで中華料理を食べたとき、店のトイレへ入って用を足し、手を洗ってからエアタオルを使った。「両手をこすり合わせるように」しながら、よく見てみると、4)WIPE HANDS ON PENTS と刻んであった。なるほど、中国語訛りで発音すれば、たしかに pants よりも pents に聞こえる。こうして堂々と間違えられるグラフィティは、人種のルツボならではの産物か。
 スペルなんぞ問題にしない「落書き文化」のたくましさに、ぼくはひどく感じ入ったうえで、pents で手を拭いた。



アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、近著に『トロピカルショッピングセンター』(フレーベル館)など。
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