アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
  【第11回】  ペダル号 →バックナンバーに戻る

 結婚してから、いろいろと変わった。たとえば、ぼくのパスポートに押されるビザの在留資格が、「日本人の配偶者等」に改められた。書類に記入するときの「既婚」や、英文なら "married" に丸をつけるとかなど。
 アメリカには、日本の戸籍に該当するものがないため、三十年近く「籍無し児」だったぼくだが、ゴールインに際して、妻を戸主とするホヤホヤの戸籍に(脚注のような「欄外事項」としてではあるけれど)おさまった。また、詩歌関係でいえば、妻が前々からメンバーである詩人たちの句会にも加わることに。これは、結婚したからというわけでもなかったかもしれないが。




 その句会の初参加が間近に迫ったある日、『歳時記』を引き、各季語のあとにずらりと並ぶ芭蕉、蕪村、一茶、子規、虚子、漱石と・・・・先人の名句にいよいよビビり始めたころ、ハッと気がついた−−吾輩は俳号がない!
 そこで俳句ひねりが、いきなりネーミングひねりに切り替わった。
 いつもの思考のパターンで、まず駄じゃれから出発。「アーサー」イコール「モーニング」とすれば、「朝田男」か「朝之介」か、あるいは「朝太郎」。でなければ、チョウと読ませて「朝邨」「朝蛇」「朝半」など。
 ノートに綴ってはみたが、どれもイマイチ。ならば「アメリカ」と「雨」とをかけて何かできないかしらと、候補をざっとリストアップ、再び行き詰まった。
 もっと素直に、好きな虫の名でも拝借するとしようかと、『昆虫図鑑』を開いて「アメンボ」と鉢合わせした−−池や沼の水面上でフィギュアスケートの選手も顔負けの優美な滑走を見せてくれる、別名「水澄まし」「水蜘蛛」「あしたか」のあの虫。
 無論フィギュアと違って、水が凍っていたらダメで、『歳時記』で調べてみると、やはり夏の季語になっている。アメリカ各地にも棲息しているが、日本語名の語源は、わが母国の「アメ」ではなく、アメンボの体が飴の匂いがするところからきているらしい。漢字で「水馬」とも「水黽」とも書き、また「飴坊」という愉快な表記も。
 アメンボを題材にした数多の句の中で、山口青邨の「夕焼の金板の上水馬ゆく」が光る。



 「よし、アメンボになろう」と、決めかけたけれど、今度は「アメリカ人」=「アメ坊」=「水馬」という語呂合わせの図式が、逆に気になり出す。
 間違いなく自分は米国人、パスポートにバッチリそう書いてある、でもそれがどうしたというのだ? 別にアメリカ代表として句会に参加するわけじゃなし、国家だのナショナリティーだのそんな野暮ったいカタマリを、文学は越えるものでなければなるまい。昆虫たちは、国境なんか気にしちゃいない。「合衆国」とひっかけること自体が、「水馬」に対して失礼な話だ。
 というわけで、またぞろゼロに戻り、個人の自分の一面を表すような俳号を考えることに。




 突き詰めていくと、ぼくは自転車が好きだ。俳号として「自転車野郎」は分かりやすいが、あまりに芸がない。五文字は多すぎるし。「愛車」のどのパーツも愛着があるけれど、どちらかといえば、ハンドルやサドルよりも、陰の働きもの、タイヤ、リム、チェーンなどが気にかかる。
 揚げ句には、実際チャリンコに乗って近所を一回り、俳号は「ペダル」に決定した。
 妻に話してみると、「いいんじゃない」と返ってきた。
 ところが当日、句会の他のメンバーからは、「片仮名の俳号はいかがなものか」との意見。カタカナがダメなら漢字を当てようかと、一応「屁蛇流」を用意して二回目の句会に臨んだけれど、だれもそのことに触れず、プリントを見ればぼくの名前のあとに「ペダル」とカタカナで表記。すでに「認証済み」だった。




 句会ではどの句がだれの作か、「天」「地」「人」が決まって議論が尽くされるまで分からないが、自転車が登場すると「これはペダルの句だな」という憶測が飛ぶ。
 そして紛れもなく、憶測は当たってしまうのだ。

 自転車の籠に缶と瓶万愚節
 犇(ひし)めき合ふ放置自転車西日中
 冬の川たが自転車かたが靴か



アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、近著に『トロピカルショッピングセンター』(フレーベル館)など 。
閉じる トップへ
new_copyright2003.gif