アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
  【第13回】  鹿を追う →バックナンバーに戻る

 収穫待ったなしの頃に顔だしするので、「中秋の名月」のことを英語で Harvest Moon と呼ぶ。そして次の、欠けて満ちて再び満月となった月を、今度は Hunter's Moon という。ちょうど狩猟期到来の頃に現れるからだ。
 ぼくが生まれ育ったミシガン州辺りでは、野生の七面鳥やウズラ、ヤマシギ、キジ、エリマキライチョウなどの鳥類が、ハンターたちの散弾銃の的にされる。それから諸種のノウサギ、ワタオウサギも狙われる。個体数が決して多くはないコヨーテ、クロクマさえも免除されない。しかし狩猟の対象として、ダントツの人気ナンバーワンは昔と変わらず、今も鹿である。厳密にいえば white-tailed deer、日本語にするとオジロジカ。「尾白」でも、テールが全部ホワイトというわけではない−−鹿が落ち着いて茂みを歩いたり木の葉を食んだりしているときは、丸みを帯びた三角形のその尾っぽは、体の他の部分と同じ赤褐色に見えて、地面を指す矢印といったカッコウで尻にピタッとしている。ところが、危険を感じると鹿はピンと尾を、幟旗(のぼりばた)さながらに立てて疾走。その裏側と、普段それに覆い隠されている尻の毛も、蓋を開けてみれば眩しいほどの純白で、突然剥き出されるとフラッシュをたいたような効果だ。暗くても仲間に伝わる、鹿同士の無言のデインジャー・シグナルになる。
 ミシガンの森を散策していると、休息中のオジロジカの一群に、たまたま出くわすことがある。「あッ、いる! 二頭、いやッ、三頭、おやッ、あっちにも・・・・」
  いつもそんな具合に、尾っぽの相次ぐフラッシュで頭数を数えながら見送るのだ。



 毎年 Hunter's Moon がやってきて、オジロジカ猟が解禁される。そして決まって、その後のウィークエンドの夕方、ミシガン北部の町々の広場などでハンターたちが集まり、射止めた獲物の比べっこをしたり、逃がした鹿はどのくらい大きかったかを語ったり、たいそう盛り上がる。たとえばグレーリングという町では、わざわざ鉄パイプで特大のジャングルジムみたいな台が組み上げられ、その横棒からずらりと何十頭ものオジロジカが、吊るされて公衆の目にさらされる。
 うちの父親は釣り好きで、ニジマスやブルックトラウトを追うのが何よりの楽しみだったが、鹿を追うことには興味がなかったようだ。釣り仲間の多くは、秋が深まればさっさと竿をしまい込み、ライフルを出してハンディングに切り替える。けれど、父は誘われても行こうとしなかった。渓流釣りのシーズンが9月末で幕を閉じても、ちょくちょく釣り小屋へ出かけ、来春に向けての毛鉤(けばり)作りに没頭するのだった。
 そしてその作業机には、孔雀や雄鳥の羽に交じって、キジとエリマキライチョウの羽、オジロジカの毛も散らばっていたので、思えばそんな素材をつまんでは撫でて整え、鉤に巻きつけていく父は、それを通してハンティングとささやかな接点を持っていたのだ。
 季節を問わず、釣り小屋へぼくもよく連れて行ってもらったが、秋の間に一回は、30キロほど離れたグレーリングで、広場いっぱいに吊るされた鹿を見物した。
 どれもすでに内蔵を抜かれていて、肋骨から股ぐらまでの裂け目の奥に、うっすらと背骨の凹凸が見えるのだった。尻と尾の裏の白い毛は、だいたい半乾きの血に、ワインレッドに染まっていた。



 俳句の季語に「秋色」「秋の色」というのがある。カラーそのものよりも、秋の気配や秋晴れの明るい景色を表すけれど、その言葉を見るとぼくはどうしても、条件反射的にオジロジカの、あの血染めの尾がパッとよみがえる。それから、その延長線で Hunter's Orange というド派手な橙色も目に浮かぶのだ。
 そもそもアメリカの秋は、ハロウィーンのお化け提灯だのサンクスギビングのパンプキンパイだので、巷にカボチャがあふれ、その色が季節の飾りの基調を成す。Hunter's Orange も、そんなバリエーションのひとつといっていいが、目的は装飾ではなく、身の安全だ。ミシガンのハンターたちにとって一番危険な存在は、絶滅に瀕しているオオヤマネコでもピューマでもなければ、もちろんオオカミでもなく、何といっても他のハンターである。
 視力が衰えても鹿狩りをやめようとしない者がいるし、銃を握るとむずむずしてくる者もいる。「酒気帯び狩猟」だって珍しくない。ハンターがハンターを撃ち止めてしまうアクシデントが後を絶たないので、「やれ撃つな」の危険信号として、なるべく人間の目につくようにと考案された色が Hunter's Orange だ。逆に、白を危険信号にしているオジロジカにとっては、あまり目立たない色らしい。
 武器を持たず、何も追わずに森を散策する者にしてみれば、狩猟期はただただ騒がしく、おっかない。だから父は長時間、釣り小屋の隅の作業机に向かっていたのか。それにしても、やはり川向こうの丘に登ったり、下流のビーバーの巣を見に行ったり、ハンターに遭遇するかもしれないところを歩くことも、少なからずあった。その際、父は帽子からコートから手袋までHunter's Orangeで決めて、ぼくもばっちりオレンジ一式を身につけるのだった。母親も妹も同様で、おまけにコートの上に着る蛍光色のチョッキと、腕に巻くマジックテープのバンドもあった。
 鹿狩りに興味のない父が、頼まれもしないのに毎年、ハンターが捕った鹿の見物につれていってくれたのは、実は Hunter's Orange のことが目的だったのではと、いまになって思う。つまり、こっちが面倒臭がらずに安全のためのオレンジを着用するように、狩猟期の生々しい風物詩を見せて、危険を実感させる−−父がそう狙っていたかどうかはともかく、そんな効き目があった。  「鹿を追う猟師は山を見ず」というが、猟師が多ければ多いほど、山を見るだけでいい人も落ち着いて見ていられなくなる。ぼくなんか、秋の森でオジロジカに出くわすと、相手のことが心配になり、つい帽子かコートか、せめてマジックテープのバンドくらい貸してやりたい衝動に駆られる。
 ピンと立てた白い尾で、「大きなお世話だい」とでもいうように、鹿は木々を縫って、消え失せる。



アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、近著に『トロピカルショッピングセンター』(フレーベル館)など。
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