アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
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 日本語を英語に訳すとき、擬音語・擬態語で苦心することがある。
 もちろん、「コケコッコー」="cock-a-doodle-doo" とか、「お風呂でバシャバシャ」="splish-splash in the bath" みたいに、ぴったり合うレディーメードのオノマトペが存在する場合はすんなりいけるけれど、擬音語・擬態語に関していえば、英語より日本語のほうが断然豊富なので、うまく置き換えられない表現がどうしても出てくるのだ。
 たとえば「しこしこ」。前々から気になって、でもイングリッシュバージョンの決定版がいまだにひねり出せず、出くわすたびに歯がゆい。いや、口の中のホンモノの「しこしこ」ならば大歓迎だ。噛み出があって、さわやか弾力が楽しい、ぼくの好きな歯ざわり。
 ところが、手元の和英辞典で「しこしこ」を引いてみれば、rubbery と訳してある。これは「ゴム」の rubber から派生した形容詞で、食べ物について使われる際、ほぼ100%まずい印象を与える。「このクラゲ、しこしこしてる」は、中華料理店の客が喜んで笑顔でいう台詞だろうが、"This jellyfish is rubbery" ときたら間違いなく苦情、「こんなゴムみたいなクラゲ食えるかッ」といった感じだ。
 別の和英辞典をのぞいてみれば、chewy も出ている。「噛む」意味の chew から生まれた形容詞で、おいしい場合もまずい場合も使えて、一応ニュートラルではある。けれど、含まれる歯ざわりの幅も広く、キャラメルのように粘っこくて歯にくっつくものも chewy。「この店のソバはしこしこしている」といえば、さぞかし評判がよかろうと思うが、"The buckwheat noodles they serve here are chewy" だと、うまいのかそれとも気持ち悪いのか、ともかくチューイングガムみたいなヌードルのイメージ。やはり気持ち悪い。



「しこしこ」のよさを、英語で伝えるには説明がいる。firm は引き締まった、歯ごたえのある様子を表す形容詞なので、"These noodles are delightfully firm" といえば誤解なく、肯定的に分かってもらえる。しかしそうすると「しこしこ」の音の面白さが消え、やや大味な表現になる。
 イタリアンのパスタ用語 "al dente" という手は、あるにはあるが、いっそのこと造語したい−−そんなところだが、なかなかドンピシャリの表現が見出せない。
 擬音語・擬態語を示す西洋語「オノマトペ」を、英語のスペルで書くと onomatopoeia だ。もともとはギリシア語の「名前」を意味する onoma と、「造る」の poien が合体してできた単語で、原義はその名のとおり「造語」。つまり、造語の基本は擬音・擬態であるということを、「オノマトペ」はみずからの語源で語っているわけだ。でも「しこしこ」のように、傑作オノマトペが既製品として手近にあると、造るよりも輸入したほうがいいのではと、つい考えてしまう。
 Shiko-shiko が英語になった暁には、ぼくが使いたい場面の筆頭は Thanksgiving Day、十一月第四木曜日の「感謝祭」の晩餐のときだ。きまって七面鳥の丸焼きが出るけれど、でっかいドラムスティックの骨に沿ってちょっとした筋があり、その歯ごたえは正に「しこしこ」。子どもの頃からそれが好きで、二本しかないドラムスティックを、よくおねだりして片方譲ってもらった。だが、日本語に出合う前は、その食感を言い表す術を、ぼくは持っていなかった。



 そういえば、いちばん印象強くぼくの感謝祭体験とつながっているオノマトペは、食べ物関係ではなく、「鼾(いびき)をかく」意味の snore だ。
 日本語には「ぐうぐう」だの「ぐうすか」だの、「グースカパースカ」まで取りそろえてあるが、英語の場合は昔々、鼾の音が「スノール…スノール…」と捉えられ、そのまま動詞にされた。しょっぱなのsで息が通る感じを出し、noでボリュームアップ、尻尾のrが摩擦というか振動を演出。eは発音しないけれど、tと置き換えて snort にすれば、豚や牛など動物が「鼻を鳴らす」意味になる。
 ビナード家のサンクスギビング・デーのパターンは毎年、親類が大勢集まってにぎにぎしく、ターキーとクランベリーソースとマッシュポテト、デザートのパンプキンパイも平らげて、それから自然といつの間にか、トランプ遊びが始まる。ポーカー、ピノクル、クリベッジ、オールドメード(ババ抜き)。皿洗いを命じられた者は、途中参加となる。伯母のドローレスだけは、いつも「クッキングで疲れた」と言ってトランプに加わらず、ソファに腰を据えてミステリー小説を読む。
 読むといってもページを二、三めくって、すぐウトウトしだす。間もなくこっくりこっくりへと発展して、やがて「スノール・・・スノール・・・」も開始、しだいにエスカレートしてリビングルーム中に響きわたり、最後には自分の鼾で、自分を起こしてしまうのだ。伯母はきょとんとして、寝ぼけまなこで周りを見て、再び小説を読もうと顔をしかめて集中。でも、一分もしないうちにまたウトウトが始まり、こっくりこっくり、そして、すさまじい鼾で、またもや目を覚ます。サンクスギビングがお開きになるまで、そんな繰り返しである。




 毎年恒例なので、クランベリーソースのすっぱさと同様に、だれもが伯母の鼾のうるささも受け入れていた。けれど、ぼくが高校生の頃に一度、特別すさまじかった年がある。仕事の疲れと料理の疲れが重なったろうか、本当にトランプの妨げになるくらいの「スノール!・・・スノール!・・・」を伯母は五分、十分、十五分も続けて演奏。ぼくはとうとうしびれを切らし、ポーカーの手をおいてソファの後ろへ回り、伯母の耳の側で大きく SNORT! と、鼻を鳴らした。
 みんなが見ていたので、伯母がビクッと起きると同時に、爆笑がドッと−−そこまではうまくいったが、振り返った伯母は何が起こったか分かって、カチンときて、刺すような目でぼくをにらみつけた上で、無言のまま二階へ上がって降りてこなかった。そのあとのトランプは、勝っても負けても、ただただ気まずかったのだ。
 伯母に、一生嫌われるんじゃないかと心配だったけれど、一か月後のクリスマスには、機嫌はすっかり直っていた。


アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、近著に『トロピカルショッピングセンター』(フレーベル館)など。
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