アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
  【第16回】  「予定」の問題 →バックナンバーに戻る

 部屋の隅の本棚の上に、日本語学校で使った教材がうずたかく積んである。テキストブックに練習帳、問題集、会話集、プリントの束と十数冊のノートの、天井に届かんばかりの山だ。
 大掃除の度に、全部捨てないまでも少しは減らさなきゃと、その教材を床におろして埃を拭き取り、パラパラ見始める。すると、紙の一層の黄ばみに光陰の早さを感じつつも、90年代初めの「東京ランゲージスクール」へとワープしてしまう。



 解答に○がついている問題は、ほとんどみな忘れているのに、×をもらったヤツを目にすると、てこずった文法や熟語を教わっていた場面まで、記憶がよみがえってくる。
 来日して二年目の秋のこと。「日本語能力試験」が間近に迫り、担任の市川先生の下でぼくら8人の「受験生」は、とりわけ類義語の勉強に打ち込んでいた。「下の文の________の部分に、最も適切な表現をA、B、C、Dの中から選びなさい」といった類いのドリルを次々と出され、朝から昼過ぎまで微妙なニュアンスと格闘。

1)列車が終点に________きたので、乗客は降りる支度をしだした。
  A.迫って   B.近寄って
   C.近づいて D.接近して

2)久しぶりに戦友と会って、________の流れを感じた。
  A.年代 B.年 C.時 D.齢
3)いろいろやってみたが________だめでした。
  A.何とか B.終わりに C.とうとう D.やっと

といった具合に。

 去年の暮れの大掃除のときも、やはり教材を棚の上からおろしたけれど、どれを処分するかという取捨選択のためではなく、ある問題を探そうとパラパラめくったのだ。
 そんな中、次のような問題が見つかった:

4)今週の土曜日にパーティーをするんですけど、
  何か________がありますか。
  A.予想 B.予定 C.予知 D.都合

記憶にはなかったが、回答用紙によるとぼくは虫食いのところにBを書き込み、先生から〇をもらっている。でもたしかもうひとつ、「予」にまつわる問題で、不正解を出したヤツがあったはずなのだ。「地震」のような災害、あるいは「戦争」が主語になっていて、そこに「____する」と入れる。答えとしては「A.予定 B.予約 C.予報 D.予測」みたいなものが用意されていた。



 ぼくは大掃除に支障をきたすくらい、さんざん探してみたけれど、見当たらなかった。すでに処分したものの中に入っていたのか。
 幻のその問題がふと思い出され、気になり出したのは、去年の秋ごろだった。わが母国が「テロとの戦い」と称して展開する一連の軍事作戦と、それを取り上げる日米のマスコミの動きから、かつて自分が間違えて選んだ「予定」という答えが、頭に浮かんだ。
 もちろん「ウォー・プランニング」は大昔からなされ、実際のところ、権力の密室でバッチリ予定されたうえで、さも勃発したかのように起こされた戦争はずいぶんとあった。しかし、それでも日常会話的には、「戦争を予定する」は成り立たないはずだった。
 ところが、強国のごり押しと、何でも織り込み済みの「思う壺報道」をここまでやられてしまうと、もはや「予定」を不正解にすることができないだろう。去年から「勃発」の予定日も決まっているのではと、そんなふうに思えてならない。
 開戦直前になると、起こす側の指導者たちが「これ以上、引き延ばすことはできない」「もう戦争以外に、選択肢は残っていない」などと、仕方なく踏み切って、みたいに言うのも、予定のうちか。
 間違っている。



アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、近著に『トロピカルショッピングセンター』(フレーベル館)など。
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