アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
  【第17回】  テレビの取っ手 →バックナンバーに戻る

 テレビジョンと宇宙開発は半世紀の長きにわたり、技術面でも、売らんかなのプロモーション・ストラテジーでも、幾重にもタイアップして密接な関係を保ってきた。税金がいくら使われようと、シャトルが爆発しようと空中分解しようと、両者は表立ったゴタゴタもなく、いよいよ金婚式をめでたく迎えるのだ。
 まれに見る睦まじい仲だが、振り返ればアポロ11号の月面着陸あたりが、やはり「蜜月」といってよかろう。そもそも世論面でテレビの肩入れがなかったら、アポロ計画の莫大な予算はどうにも取れなかったはず。一方ではアームストロング船長の「一人の人間にとっては小さな一歩」が、テレビの普及率と社会的地位にとってはビッグなバネとなった。なにしろ世界中で、億単位の人々が固唾(かたず)をのんでその中継放送に見入ったのだから。二歳になったばかりのぼくも、生後一週間の妹といっしょにテレビの前に据えられ、目撃したらしい。



 1969年7月20日午後四時過ぎ。あの記念すべきムーンウォークをわが家4人は、はたして居間か、それともダイニングルームで、どの椅子に腰かけて、何インチの画面に見入っていたのか? ぼくの記憶にないその場面が気になって、このあいだ国際電話で母親に聞いてみた。
 「あのテレビは、お父さんが私に黙って分割払いで買ってきたニューモデルだったわね。たしかリビングルームのソファに、並んで座ってたけど・・・・」。母はそう話し出したものの、「でも本当にムーンウォークしたのかしらね。ひょっとしたらあれは、みんなだまされただけだったのかも。テレビってウサン臭くて、どうにでも歪曲して伝えられるから。今の〈テロとの戦い〉だって・・・・」と、途中からは米政府デッチアゲ説に切り替わった。

 アームストロング船長とオルドリン飛行士が降り立ったのは、実は「静かの海」ではなくて、ネバダ州の砂漠の秘密軍事基地内に建てられた特撮スタジオだった――そんな風説は前々から欧米で広く流布して、さまざまな本も出版されてきた。
 最近になって『アポロってほんとうに月に行ったの?』(朝日新聞社 2002年)や『アポロは月に行ったのか? Dark Moon 月の告発者たち』(雷韻出版 2002年)といった、日本語でも疑問を投げかける本が出ている。なので母親の話の内容にぼくは驚かなかったけれど、しかしわが母まで懐疑の念を抱いていたとは、それにはいささかビックリした。アメリカ国民の不信感にとっては、大きな一歩か、なんて思ったりして。



 映像技術で人々を欺くことが、だれよりも得意だったヒトラーは、『わが闘争』の中でこう書いている――「大衆は小さな嘘よりも、大それた嘘にひっかかりやすいものだ」。
 長生きしてほしいような相手ではもちろんないが、もし彼がベルリンの地下壕で自殺しそこなって連合軍に生け捕られていたならば・・・・と空想することがある。のちの米ソ冷戦と、そのプロパガンダの一環として繰り広げられた宇宙開発競争を、獄中のヒトラーはどんなふうに捉えただろうか。
 でも実際、ナチスとNASAは、ばっちりリンクしている。ヒトラーの下で、奴隷にされた何万もの人間の労働力を存分に利用し、人体実験やり放題で研究成果を上げたナチス科学者たちは、戦後になってアメリカへ。そしてディズニー社などに迎えられ、テレビ番組で宇宙開発を効果的にPRした。また、米政府の進める航空医学の研究や、原子力の研究にも大いに貢献した(ウォルト・ディズニーとナチスの近しい仲について興味のある方には、エリック・シュローサー著『ファストフードが世界を食いつくす』〈草思社 2001年〉がおすすめ)。


      

 ぼくは牧師の話に対して、たとえテレビが媒体でなくても、いつも懐疑的だが、ヘンリー・ワード・ビーチャーの残した言葉は、例外的にピンとくる。1813年に生まれた彼は、一貫して奴隷解放を訴えて、論争調の新聞の編集長もつとめた。
「この世で最悪なのは無政府状態。その次に最悪なのが政治だ」――。皮肉を利かした名言が多い。

 ビーチャーは、たびたびその視線を世の指導者の欺瞞(ぎまん)にも向けた。例えば「嘘にはだいたい取っ手がついている。真実のかけらでできた取っ手が」。
 テレビの画面から差し出されてくる取っ手を、つかむ前に、よく点検することだ。



アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、近著に『カーロ、せかいをよむ』『カーロ、せかいをかぞえる』(フレーベル館)など。
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