アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
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 19世紀末に、マーク・トウェーンは母国を見渡して、こう書いた。「もしデータを集めて、統計も取っておけば、恐らく実証できるだろう−−アメリカ特有の、この国ならではの犯罪組織は、たった一つ。それは合衆国議会である」。
 できるものなら百年余り経った今、もう一度トウェーンに母国の「組織」の品定めをしてもらえたらなと思う。でも、ここ数年の合衆国議会を見ていて思うのは、風刺作家の手を煩わすこともなしに、連中が日々やっていることが、そのまま立派なパロディーなのだ。


 つい最近のできごとを取り上げるなら、例えば3月11日の「アンチ・フレンチ抗議行動」が象徴的だった。早くイラクを攻撃したいのに、フランスが歩調を合わせてくれないのはけしからん! とシビレを切らした共和党の下院議員たちは、そこで知恵を搾り出し、奇策を弄した−−国会議事堂内の食堂のメニューをこの際、思い切って変えようではないか。
 言語的にも、これは米国ならではの話といえよう。細切りのジャガイモの空揚げ、つまり「フライドポテト」をアメリカでは、なぜか French fries と呼ぶ。そのなぜを調べてみれば、肉や野菜をスライスしたり刻んだり細切りにして「下ごしらえをする」意味の to french という動詞にたどり着く。フランスのシェフたちの包丁さばきを、英語圏のコックたちが真似たところから出てきた料理用語だ。そしてそんな下ごしらえに付された上でフライになったジャガは、当然のごとく french-fried potatoes と命名され、いつの間にかそれが縮まって French fries のできあがり。何といっても、仏国との関係が極めて薄いネーミングである。




 ところが多忙な代議士たちは、どうやら辞書を引く暇などないらしい。まずは行動だ! と、思いつくなり食堂に乗り込んで、そのオフィシャル・メニューを特権で即変更。いや、「ネームを憎んでフードを憎まず」の精神をきちんと貫いたので、現在でも、フライドポテトを議事堂内で好きなだけ食べられる。ただし、注文するときは「フレンチフライ」といわずに、くれぐれも「フリーダムフライ」と呼んでください。
 代議士たちのやること、なかなか徹底していて、朝食のメニューもチェンジされた。パンを卵と牛乳に浸してからフライパンで焼く「フレンチトースト」も、今や「フリーダムトースト」に改名済み。
 ああ、クリントンが大統領だったら、もう少し楽しいネーミングが考えられたのに。「不適切フライ」とか。それにしても、フリーダムを油まみれにしていいのか。



 油といえば、ほぼ予定通りに始まった湾岸戦争の続編を、ペンタゴンは Operation Iraqi Freedom と名づけたが、これも同じ次元の発想だ。虐げられているイラク国民に、マックのフライドポテトかバーガーキングのフライドポテトかそれともケンタのフライドポテトか、どれがいい? といった選択を迫る攻撃だ。「フリーダム」と呼ぶにはあまりに粗末すぎる。
 ああ、アメリカのパスポートを所持していることがイヤになる。けれど次の選挙で、油まみれの代議士たちと大統領を、空揚げにするための一票を大切に、国籍は変えない。

 英語圏の人がフランス人に学んだのは、料理だけではなく、アムールの分野でもお手本を示してもらったのだ。その現れとして、「ディープキス」のことを、英語で French kiss という。でも、上に倣えば、これも freedom に変更か。
 ま、たしかに解放感はあるし、もっと自由に接吻ができるようになるのであれば、この改名に限って、あえて反対することもないのかも。


アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、近著に『カーロ、せかいをよむ』『カーロ、せかいをかぞえる』(フレーベル館)など。
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