アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
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 時は金なり―― "Time is money"
 英語と日本語と両方で幅をきかすその言葉に、ぼくは出くわすたび、何だか気になる。もちろん、ことわざのその心は、時間を無駄づかいしてはいけないという、とてもまっとうな話だと分かってはいるが、その言い方がどこか心得違いというか、本末転倒な感じがしてならない。
 時間は計り知れないほど貴重な、とてつもなく大きいもので、金銭をどんなに買いかぶっても、究極のところでは比べものにならないんじゃないか・・・・。つまり「時は金なりと考えるのは成り金趣味なり」、みたいなことを、ぼくは考える。けれど、またそこへすかさず、「それにつけても金の欲しさよ」と、自分で自分を野次りたくもなってしまうのだ。



 長いスパンで見ると、金銭は流行りすたりの波にもてあそばれ、時代を流浪する不運な旅人のよう。ぼくがつくづくそう思ったのは、来日したときだ。
 1990年の五月末、オハイオ州の自宅でジャパン行きの荷造りをしていてハッと、YENを用意したほうがいいと思いついた。自転車に乗ってさっそく、最寄りの Ohio Citizens Bank へ。窓口の女性に「日本円ありますか?」と尋ねると、「少々お待ちください」と彼女は席を立って奥へ行き、上司らしき男性と相談。その彼がまたさらに奥へ行って見えなくなり、しばらくしてから「金額は?」とぼくに聞いてきた。
 「200ドルくらいかな」と答えたら、「それなら用意できます」。
やがて渡されたのは一万円札一枚と、たくさんの千円札と、七、八枚の五百円札だった。それから半端は、アメリカのコインでもらった。
  お初にお目にかかる三種類のジャパニーズ紙幣。当時のぼくには、A面のおじさんたちはどれも知らない顔だった。しかしB面のタンチョウヅルとキジのつがい、そして何よりも雄大な富士山の姿に、想像を大いにくすぐられた。



 数日後、成田に到着。税関を無事に通過、リムジンバスのカウンターの人に、「イケブクロ・・・・いきます」と告げ、チケットの代金を支払おうと、五百円札を手渡せば、相手の笑顔が急に曇った。隣にいたもう一人のカウンターの人に、その紙幣を見せて何やらコソコソ。「このお金、どちらで手に入れましたか?」と不審尋問された。
 「アメリカで・・・・バンクで・・・・」。
 まさかオハイオ市民銀行でニセ札をつかませられたんじゃないだろうなと、こっちまでだんだん心配に。が、相手はそれ以上ぼくをとがめることなく、ただ「これはオールド・マネー・・・・こちらでは使えません」と返して、千円札ならOKといってくれた。あとになって考えれば、一万円とか五千円のニセ札が出回っていても、わざわざ五百円の紙幣を偽造するバカはいないだろう。逆に、製作費がかさんで赤字になりかねない。
 しかし不思議なことに、もはや過去のものと分かってからふたたび五百円札を眺めると、その富士山の遠景が哀愁を帯びた気がして、表の蝶ネクタイのお偉方もいきなり気の毒な、何となくしけた顔に見えてきた。数年経って、岩倉具視という政治家の鉄の意志と権謀術数について少々知っていくと、今度はその五百円札廃止がまるで一種のクーデターのようにも思えたものだ。




 それにしても、アメリカの通貨にまったくクーデターが起きないというのは困った話だ。新デザインが発表されても、偽造防止のあの手この手が施されても、結局は今までのオッサン連中が居座ったままの顔ぶれで、新味はゼロ。100ドル札のベンジャミン・フランクリンとか、1ドル札のジョージ・ワシントンが、またまた続投となっても分からなくもないが、例えば20ドル札の表にずっと恥ずかしげもなく出ているアンドルー・ジャクソンなんか、大量虐殺をやらかした戦争犯罪人といっても過言ではない。
 日々、夏目漱石や福沢諭吉に触れながら生活を送り、そしてたまに母国の紙幣を手にすると、ガッカリというか、歯がゆいというか、ムカムカするような、あきらめに似た愛着も含んだ、複雑な気持ちになる。
 そのあたりの心境を忠実かつユーモラスに表現しているのは、ジョン・グリブルという在日米国人の詩人。彼は「いつ引き上げてアメリカに帰ってくるの?」という、ときおり受ける質問への答えを、見事な一篇に仕上げたのだ。

“So when you moving back to America?" 

When Walt Whitman's on the ten dollar bill
and Emily Dickinson's on the five.

When Mark Twain's on the twenty,
Melville the fifty, Scott Joplin the C-note,
and Fats Waller's on the dime.

  John Gribble


「いつ引き上げてアメリカに帰ってくるの?」

10ドル札にウォルト・ホイットマンの顔が載り、
エミリ・ディキンソンが5ドル札に。

マーク・トウェーンが20ドル札を飾り、
50ドル札に『白鯨』のメルビルが、
100ドル札にはラグタイムの王様こと
スコット・ジョプリンが顔出しして、
ファッツ・ワラーが10セント玉の表で
ジャズピアノを弾くようになったとき。

  ジョン・グリブル



アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、近著に『カーロ、せかいをよむ』『カーロ、せかいをかぞえる』(フレーベル館)など。
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