アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
  【第23回】  イエスのうんざり、アメリカのしくじり →バックナンバーに戻る

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 旅の楽しみ方はいろいろだが、ガイドブックの情報では予想できない、ふとした、意外な、出会いが格別好きだ。相手は、例えばその土地の人間だったり、動植物だったり、薫風や夕焼け、鐘の音、虫の声、あるいは落書きだったりもする。ここ数年の間に、旅先で採集したおもしろ落書きの専用ファイルが、ぼくの引き出しにある。

 コレクションの中で、スケールといい痛快度といい断トツの一位は、ニュージーランドで遭遇したクリスチャン関係のグラフィティだ。それは2003年2月13日午後、ノースランドと呼ばれる北島の最北の地から、車でオークランドへ戻る途中、国道1号線を走っていたときのこと。道はゆるやかにカーブし、ちょうど単線の鉄道を橋で越える手前、右側の草地に建つトタン屋根の工具小屋が目に入った。というよりも、まずその黄色い屋根に黒の大文字で書かれた言葉が、先に脳に飛び込んできた―― JESUS IS LORD。
 アメリカで何百回となく、看板だのステッカーだの、宗教右翼のテレビ放送でも見聞きしてきたこの文句。「イエスは救い主」、つまり「キリスト様が唯一かつ最高のゴッドであるぞ」のキャッチフレーズだ。が、待てよ、「救い主」の頭文字が・・・・そうかッ、落書きだ! 路肩に車を止め、歩いて引き返し、まじまじと眺めて感心し、カメラを持ってきてシャッターを4、5回切った。
 なんて小気味よい「補筆」なんだろう。口汚いののしり言葉を書くとか、派手に××をつけるとか、そんな下品なマネを一切せず、色の調和にまで配慮して同じ黒のペンキで、ただ“L”をそっと“B”に作り変えただけ。英語に bord という単語はないけれど、声に出せばそれは bored と同じ発音になる。「退屈している」、「うんざりしている」、「飽き飽きだ」を意味する形容詞の bored が、Jesus に使われた用例はほかに思い当たらないが、いわれてみれば、もしイエスが天にましますなら、きっとうんざりしているに違いない。「クリスチャン」と名乗りながらも救い主の教えに反して戦争と搾取を繰り広げる者が後を絶たず、都合のいいときばっかり「黄金律」なんか引き出してリップサービス。最初のミレニアムくらいは、立腹しながら地上を見下ろしていたのかも分からないが、2000年近く経ってしまえば、当然 bored の境地にもなろう。
 屋根いっぱいの自信たっぷりの宗教スローガンと、エレガントにおさえが利いた落書きと、そのギャップもうまく作用して、見る者に、うんざりしたイエスの姿まで思い浮かばせてくれるのだ。
 ところが、工具小屋のオーナーときたら、おそらくキリスト教の熱心な信者と思われるけれど、なぜ黄色いペンキで“B”を元の“L”に戻さないのか。落書き部分の黒も、どう見ても塗りたてという雰囲気ではない。ひょっとしたらオーナーも「まいった!」と脱帽し、しばらくそのままにして味わうことに決めたのだろうか。それとも気づかずにいるのか。何しろ、1号線から見下ろせば一目瞭然だが、下の農道を行ったり来たりしているぶんには、目につかないかもしれない。
 もしやあるとき突然、オーナー本人が、キリストが飽き飽きしているのを悟って目から鱗、自ら刷毛をふるった?

 「補筆落書き」の妙味に目覚めたぼくは、6月に今度は一時帰国して、ミシガン州の北部を車で旅行した。世界市民の圧倒的多数の反対をも押し切って、イラクに乗り込んで行ったアメリカだが、それに対して異議を唱える者を先制攻撃するかのように、あちこちの路傍にパトリオティズムぷんぷんの看板が立ててあった。中でも一番多く見かけたスローガンは Support Our Troops! ――「われわれの軍隊を支持せよ!」だった。
 その排外思想的な“Our” といい、「しよう」よりも「せよ」に近い“!” といい、妄想をたくましくする軍国主義者の「目論見書き」そのままだ。しかし、ちょいと手を加えれば、愉快な風刺に変身。
 「軍隊」の頭の2文字、“T”と“r”を白のペイントか修正液できれいに消す。残る“oops” というのは、へまをやらかしたときに発する言葉で、日本語の「おっと!」によく似ているが、ときには名詞みたいに「失敗」、「誤り」、「しくじり」として使われることもある。少し幼児語っぽい感じになる。
 「われわれの幼稚なミリタリズムの誤りを支持しろ!」――ニュージーランドにも負けないくらいの補筆落書きの秀作だ。もうどこかでだれかがすでにやっただろうと思い、注意してミシガンの路傍を細かく見て回ったけれど、一例も発見できなかった。また、自分で実行に移すチャンスもなく、今のところ、想像のみのグラフィティにとどまっている。
 ま、やらかしたところで、その看板を立てている人間の目から、鱗が落ちるとは考えにくい。へたをすれば、彼らは権力者の oops を、地獄の底まで支持しかねない。



アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、近著に『カーロ、せかいをよむ』『カーロ、せかいをかぞえる』(フレーベル館)など。
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