アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
  【第24回】  クラゲとケータイ →バックナンバーに戻る

01.jpg



























































 今年の春のある日、山手線に乗って車内広告をなにげなく見回していたら、クラゲが目にとまった。真っ黒いバックに一匹、青白くおぼろ月のように浮遊していて、その隣には携帯電話が一個あしらってある。側へ行って見ると、クラゲに英語のキャプションがついている――「One pattern.」。そして携帯電話にも、「25 patterns.」と。

 パターンといえば、その携帯電話は、形は普通だが、あまり趣味のよくない黄と黒の水玉模様になっている。広告の一番下に小さく、「トランス・オレンジ」だの「インフィニティー・シルバー」だの、いくつかのカラーとパターンが並べてあり、「25色の光と着せかえパネルで、自分らしさが見つかる。光る着せかえケータイ」と、うたい上げているのだ。ケータイのことに疎く、クラゲにはちょっぴり詳しいぼくだが、そこまで読んでやっと英文コピーのいわんとすることが分かった。「ワンパターンしか呈することのできないクラゲなんかに比べて、25通りにも模様替え可能なわが社の携帯電話がどんなにステキか」といったところだ。読み解いた途端、腹が立った。
 クラゲというのは一生のうちに、プラヌラ幼生からポリプへ、ストロビラからエフィラへと、いくつもの大変身を成し遂げる。海流にのって移動し、日光や月光や水質とともに刻一刻変化して、たとえそれがなくてもカサの伸縮運動によってその姿、つまりクラゲの pattern は絶えず動いている。どの固体も、浜の真砂の数ほどの顔を見せてくれる。
 種類によっては、ホタルイカも顔負けの発光ができるクラゲも、体内で藻類を飼ってその光合成で栄養を得るクラゲもいて、『古事記』にだって「久羅下(クラゲ)なすただよへる」と立派に登場を果たしている。「One pattern.」と片付けられてたまるか!
 電車を降りるまでの間、この腹立たしさをどうしたらいいか、いろいろと思いをめぐらした。広告主を相手取って「クラゲ名誉棄損」で訴える。謝罪広告を求める。落書き攻撃でキャプションを、もう少し実態に即したものに変える・・・例えば、種としての両者の寿命を比較したらどうだろう――クラゲに「数億年」、着せかえケータイには「数カ月」とか。
 けれど、どっちみちキャンペーンをしかけたところで、25の品なきパターンは、ひとりでに消え去るだろう。で、その後、町中でも中吊りでも一向に見かけなくなったので、クラゲに軍配が上がったのだと、自分なりの判決をくだした。いま思えば、広告代理店のスタッフは、本物のクラゲを観察したことさえなかったのだろう。

 ぼくがクラゲを好きになったのは、刺されたことがきっかけだ。9歳のときの春休みにフロリダへ行き、生まれて初めて海に入った。何もかも面白く、毎日夢中で泳ぎ回り、カニに親指を挟まれたり、ウニを軽く踏んづけたり、また最後の日の海水浴中、カツオノエボシの触手に触れてしまった。
 浮袋が烏帽子形で、日本へは黒潮にのって到来、ちょうどその時期にカツオも現れるので「カツオノエボシ」の名がついたらしい。別名「電気クラゲ」ともいうが、刺されてみればその通り、エレクトリックショックさながらの痛みが走る。もちろん、当時のぼくは英語名の Portugese man-of-war しか知らず、しかしそれもなかなかのネーミングではある。man-of-war とは「軍艦」の古風な言い方で、藍色のカツオノエボシの浮袋を横から眺めていると、大砲はないが、たしかにおっかない船に見えてくる。猛毒を搭載した触手のイメージにもよく似合う。ポルトガル以南の大西洋で育ち、海流にのって英国のほうへ旅するので、イングリッシュでは Portugese とされた。
 ぼくは運よく、右足のすねをかすかに触れただけだったので、医者の手をわずらわすこともなく、母が火傷と同じように手当をしてくれた。でも、ぼくの意識の中では、それは単なる火傷とは重みがまるで違っていて、航海中の「ポルトガル軍艦」にやられて負った勲章だったのだ。
 ミシガンに帰って、図書館でさっそくクラゲの本を見つけた。やられたことで相手が身近に感じられ、好奇心がわき、同時に尊敬の念も抱いた。
 「着せかえケータイ」キャンペーンの担当者も、いっそのこと海へ出かけ、刺されてくるといいのかも。



アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、近著に『カーロ、せかいをよむ』『カーロ、せかいをかぞえる』(フレーベル館)など。
閉じる トップへ
new_copyright2003.gif