アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
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 「昔はよかった」「古きよき時代が懐かしい」「今昔の感」「世も末だ」、こんな類いの表現は、三十路途中の自分にまだ似合わないし、なるべく使わないようにしたいと思う。しかしハロウィーンの話題になると、つい口から出てしまう。懐古趣味を捨ててシビアな目で、客観的に今と昔を比べてみても、昔のハロウィーンのほうが断然よかったからだ。

 10月31日は今も昔も、祝日扱いではない。たまたま週末に当たる年もあるが、ほとんどが平日で放課後、働く親も帰宅したあとの、夜の数時間に集中したお祭り。親戚が集まって祝うというよりも、近所で遊んで過ごすのが一般的だ。そして何といってもメインイベントは trick or treat。仮装した子どもたちが付近の家々を訪ねて、大人たちを可愛く脅かす――「お菓子ちょーだい、くれないとイタズラしちゃうぞ!」
 どの家も菓子を用意して「トリック・オア・トリーターズ」がやってくるのを待つけれど、その中身が今と昔とではまるで違うのだ。ぼくが trick or treat に初めて出かけたころは、例えばホームメードのクッキーや、peanut brittle という落花生入りの豆板や、ポップコーンにキャラメルをからめた popcorn ball などがたくさんふるまわれた。リンゴをナッツ入りのキャラメルに包んだ candy apple といった果物系の菓子もかなり多く、中にはリンゴやオレンジをそのまま配る家もあった。トリートを玄関先で渡されたり、上がり込んでコスチュームをちゃんと見せてから頂戴したり、各家の雰囲気と自家製の菓子を味わえる日だった。

 ところが1970年代に入ってから、ばっちり包装された市販の菓子類を配る家が増え、ホームメードが減少していった。果物もがくんと減り、子どもがもらってきても、両親がそれを取り上げ捨ててしまうことも、各地で一般化した。アメリカ人の食生活がいきなり変わったわけではない。原因は、マスコミによればハロウィーンで配られるリンゴの中には、カミソリの刃が忍ばせてある、かもしれなかったからだ。また、自家製のクッキーに一服盛られている可能性もあり、ポップコーン・ボールにはもしかしたら下剤が。市販のものなら、親がしっかり検査した上で、まあまあ安心して食べても大丈夫……と。
 ぼくが中学に入って、trick or treat を口にするのがいよいよ恥ずかしくなったころには、ハロウィーンはもう隣人と触れ合う祭りから、隣人をいぶかしがる祭りに化けてしまっていた。ハロウィーンの菓子で何らかの被害をこうむった人は、自分の友だちにも親戚にも、知り合いにも知り合いの知り合いにも、同じ学校の生徒の中にもだれ一人いなかったが、毎年そんな吹聴が盛んに飛び回り、きっとどこかで恐ろしい事件が起きたのだろうと思っていた。Barry Glassner の著書『The Culture of Fear』(1999年 Basic Books社刊)を読むまでは。

 グラスナー氏の調べでは、ハロウィーンの危険菓子を最初に報道したのは、『ニューヨークタイムズ』紙だったようだ。1970年10月28日、「トリートはトリック入りの可能性も」の見出しで、ハロウィーンの記事を掲載した。「近所に住む優しそうなおばあさんから、あなたの坊やがもらう赤く熟したリンゴ。その中には、カミソリの刃が潜んでいるかもしれない」といった調子で trick or treat がどんなに子どもに危険か、派手に恐怖の種を蒔いた。すると、翌年から他のメディアも同じ切り口で取り上げ、翌々年も、次の年もどんどんと「毒」が米国の津々浦々に広まった。
 15年近く経って、社会学者の Joel Best が、はたして本当にみんなが考えているほど物騒な世の中なのかと疑問視し、独自の調査を始めた。1958年までさかのぼって、ハロウィーン関連事件のすべての記録を調べ上げ、徹底的に洗い直した。判明したのは、子どもがハロウィーンにもらった菓子で死亡した事件は「ゼロ」、一切起きていなかった。さらに、子どもが重傷を負った事件も一つもなかったのだ。100%でっち上げの「毒」がばら蒔かれたのだった。(ハロウィーンの日に、父親が保険金目当てにわが子を青酸カリで毒殺し、近所のだれかのせいにしようとした事件が、一つあるにはあったが)。

 『The Culture of Fear』の中でグラスナー氏は、マスコミがあまり取り上げなかったベスト氏の調査結果を、改めて報告している。そして事実無根のデマがなぜあれほど流布したのかについて、鋭い仮説を立てている――。実際は、子どもを殺すのは家族のだれかである場合が圧倒的に多いが、その問題を直視するよりも、俗うけする悪魔的隣人説に走るほうが楽。また、ベトナム戦争の反対運動が高まる中で、より自由な社会環境と、形式にとらわれない家庭のありようを、多くの米国人が求めていた時代でもあったから、そうした動きを牽制するねらいもあったろう。つまり「秩序と風紀が乱れれば恐ろしい事件が多発する」という印象を、国民に植えつけようとしたのではないか、ある勢力が。
 もう一ついえるのは、視聴率を上げたり新聞や雑誌を売ったりするには、恐怖をあおるのが手っ取り早い。しかもかなり有効な手段だ。無論、大手食品会社も、市販の菓子一辺倒のハロウィーンを大いに歓迎したはず。
 真っ赤な嘘であろうと、いったん広まってしまえば、放射能同様、きれいに取り除くことがなかなかできない。ハロウィーンがもし人間だったら、名誉棄損の訴訟を起こす手が、あったのかもしれないが……。
 祭りを傷つけた犯人の特定は無理にしても、被害者は紛れもなく、子どもたちだ。


アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、近著に『カーロ、せかいをよむ』『カーロ、せかいをかぞえる』(フレーベル館)など。
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