アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
  【第26回】  ターキーに注意 →バックナンバーに戻る

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 去年の秋、オハイオの自宅の最寄りの消防署に、こんな標語の書かれた横断幕がかかっていた。“Defrost before you deep-fry."「解凍してから揚げましょう」。料理のアドバイスとしては適切だが、なんだか当たり前すぎる感じもした。しかし消防士たちがわざわざ、市民にそう呼びかけざるを得ないハメになったのにはわけがあって、前年の秋にさかのぼる。

 11月の第4木曜日、そう、それは毎年ありがたい四連休をもたらしてくれるサンクスギビングデー。その日に七面鳥を食べなければ、愛国心が足りないのではといぶかられるほどメニューは決まっている。全米で年間、およそ4億羽の七面鳥が食されているというが、その半数近くがサンクスギビング向けに出荷されている。ほとんどの家庭では、オーブンでゆっくり焼くのが昔からのシキタリだ。けれどおととしから、南部のある地域に細々と残っていた一風変わった調理法が、全国的に流行り出したのだ。
 火付け役はどうやら、何かと話題のカリスマ主婦、マーサ・スチュワートあたりだったらしい。「サザーンスタイル・ディープフライド・ターキー」のレシピは至って簡単 ――でっかい鍋にどぼどぼっと落花生油を注いで火にかけ、ぐらぐら煮え立ってきたら、七面鳥をまるごと入れてこんがり揚げてしまう。ピーナッツの風味が食欲をそそり、コレステロール値さえ度外視すれば、おいしくいただけるというわけだ。料理番組や雑誌で大いに紹介され、どこでも使える便利なビッグサイズ・コンロ付揚げ鍋も、飛ぶように売れたとか。

 しかし問題は、アメリカのスーパーにごろごろと並べられる七面鳥の多くが、冷凍物だったこと。小ぶりなヤツなら一羽は4、5キロ、特大ターキーとなれば10キロを優に超える。自宅でテンプラなどやったことのない、インスタント一辺倒の生活を送っているような人たちが、「せっかくのお祭りだし、よし、豪快にやってみようじゃないか」と、揚げ鍋を買ってきてポーチかガレージでうきうきと準備し、煮えたぎった油の中へ、冷凍庫から出したばかりの七面鳥を、なんのためらいもなくドボッ。
 いうまでもなく、跳ねて飛び散ってこぼれた油がコンロの火で派手に炎上、爆発、たちまちポーチかガレージの天井に火が届き、あれよあれよと家中に燃え広がり全焼。命を取り留めたことだけを、焼け跡で神に感謝する。
 信じられない話だが、そういった「ターキー火事」が多発して、事態を重く見た各地の自治体は、翌年の感謝祭に備えて、クッキングのワンポイント標語横断幕を、なけなしの税金で作ったのだ。また、11月に入ってからテレビでも注意をたびたび呼びかけ、凍った七面鳥を煮えたぎった油に落とすとどうなるか、そんな実験のフィルムも繰り返し流した。にもかかわらず、やはり去年も「ターキー火事」があちこちで発生。ま、件数が減ったことはキャンペーンの成果といえようが、さて今年のサンクスギビングに母国はどのくらい燃えるのか――。

 七面鳥を落花生油で揚げてしまいたくなる気持ちは、分からなくもない。なにしろアメリカのスーパーで売っている Broad-Breasted White というタイプのターキーは、不味くはないが面白くない。単調で、無難極まりない、画一的な大量生産食品だ。いっそのことかりかりのピーナッツ風味にして、ファストフードばかり食べている日常のうっぷんを手っ取り早く晴らしたい衝動が現れたとしても不思議ではない。
 米国民が年間食べている4億羽の七面鳥の99.9%以上が、そんな Broad-Breasted White という一種類に属する。訳せば「白豊胸」、ともかく胸肉を増やすために遺伝子を散々いじくられ、20世紀後半に人工的に作られた「怪鳥」だ。飛ぶことはもちろん、走ることも交尾することもできない。気温が一定に保たれる巨大ハウスの中で、人工授精のみで繁殖して、ろくに動けもせずただただ食わせられ、やがて3、4カ月でできあがり、機械で絞められて商品に。

 ぼくぐらいの世代になってくると、ほとんどの人が Broad-Breasted White しか口にしたことがなく、七面鳥ってそんなものだと、みな思い込んでいる。だがぼく自身は、たまたま味比べができる環境に恵まれた。野生の七面鳥狩りによく出かける父の友人が何人かいて、その獲物を一羽、譲ってもらった年があった。また、ぼくの友人にも一人、今でも毎年捕ってくるヤツがいて、タイミングよく帰国すると、ごちそうしてくれる。ワイルドターキーの肉の芳ばしいこと! どこかフルーティーで、見事にしまっていて、その上、口がとろけるほどジューシーだ。ハウス物とは雲泥の差。
 それも当然といえば当然。木の実や草や種やさまざまな昆虫、森の実りをついばんで生きているのだ。空高くとまではいかないが、wild turkey はそこそこ飛べるし、地上ではその立派な足が鹿も顔負けのスピードを出す。ターキーのたくましさと凛々しい風貌、さらにその肉のうまさにも魅了されていたベンジャミン・フランクリンは、情熱をもってアメリカの国鳥候補に推薦した。そして1784年1月26日、サラ・ベシェ宛てに書いた手紙の中で、国鳥に白頭鷲が選ばれたことを嘆き、ここでもターキーを賞賛していた――「七面鳥のほうがはるかに気高く、正真正銘のオリジナルで、どこまでもアメリカならではの鳥だ」と。
 こよなく愛したオリジナルが、環境破壊で数が少なくなり、交尾もできない奇妙なコピーばかりが大量に作られる現状を知ったなら、フランクリンは何と嘆くだろう。
 彼の自伝には、後世へのアドバイスがいろいろ載っているが、今のアメリカにジャストミートするものが少なくない。例えば、「鈍くなるまで食うな。いい気になるまで飲むな」。
 食文化への鈍感さは、いったいどこまで進行するのか。


アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、近著に『カーロ、せかいをよむ』『カーロ、せかいをかぞえる』(フレーベル館)など。
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