アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
  【第28回】  蟻と伯母の区別 →バックナンバーに戻る

サイクリングの途中で

































駄じゃれ賀状の第一弾
























 母語とはいえ、英語の綴りの不条理にぼくはいまだに驚かされることがある。講演や朗読会、ラジオなどを聴いていて、気になる単語とか人名に出くわし、ディクショナリーを開くと、スペルが分からず当てずっぽうにいろんなバリエーションを引いて、やっと見つけたりする。いくつになっても、その迷いはなくなりそうにない。ただ、あっちこっちとどうにかたどり着いた言葉のスペルは、苦労した分、忘れないので多少の進歩はあるのかと思う。

 発音は同じなのにスペルが違うという homophone(同音異綴語)を少し並べてみれば、英語のスペルの節操のなさは火を見るよりも明らかだ。例えばT(私)と eye(目)と aye(はい!)と、どれも「アイ」だ。right(右・正しい)と rite(儀式)と write(書く)も、RとLの混同を度外視しても、みんな同音の「ライト」。
 ぼくは職業がライターみたいなものなので、なるべく正しい綴りで書きたいとは思っているが、しかしたまにミスしても仕方がないと、どこかあきらめてもいる。スペルのジャングルを征服するのは無理と悟り、完璧主義に見切りをつけたのは、小学六年生のときだ。

 ぼくが通った小学校は、正しいスペリングをかなり重視していた。低学年では speller という綴りだけの教科書が使われたし、高学年になると先生の作ったプリントで練習し、頻繁にやらされるテスト以外に spelling bee というコンテストもあった。
 この bee は不思議な言葉で、「蜂」の bee と同音同綴異義語だ。たしか「ミツバチのように、集まってせっせとまじめに何かをするから bee だ」といった話を、先生から聞いたはずだったが、調べればどうやら本当の語源は違うらしい。英国の古い方言で、農家が金銭のやりとりなしに互いを助け合って、共同で行う作業のことを bean と呼ぶという。その辺りが bee の出自ではないかという説が有力だ。今でもアメリカの田舎で、布を持ちよって数人でキルトを縫う集まりを quilting bee といったりする。

 ぼくの学校の spelling bee はクラス単位でだいたい一カ月おき、全校の「ビッグ・スペリング・ビー」も年に一度開かれ、一大イベントだった。どちらも形式は同じで、先生が単語をひとつ読み上げると、順番が回ってきた生徒が立ってそのスペルのアルファベットをいう。勝ち抜き戦で、一字でもミスしたらアウトだ。正しくいえれば、次にまた順番が回ってくる。一か八かの解答であれ、最後に残った者がチャンピオン。
 ぼくはケンカはさほど強くはなかったが、綴りなら同級生をけっこう負かすことができた。六年のときは一、二度クラスで優勝したこともあって、もしかしたら全校大会でトップまでいけそうかも、という感触だった。

 司会のロジャーズ先生が、仰々しく単語を読み上げ始めた。けれど出場者が多く、ずっと後のほうだった自分へは順番がなかなかこない。しかも、比較的易しいヤツから開始するので、緊張よりもじれったさを感じていた。やがてぼくの出番、出題は「アント」ときた。なーんだ、こんなの朝飯前もいいとこ!と、すかさず“a,n,t”と答え、“Sorry, wrong!”とバツを食らった。ひっかけ問題に見事ひっかかったわけだ。
 イギリスなら、「蟻」のantと「おば」のauntを区別して、それぞれ“”と“”と発音するが、アメリカ人は両方“”という。スペリング・ビーでは同音異綴語の可能性のある単語が出た場合、出場者が確認のための例文を求めるというのが決まりだ。しかし、昆虫少年のぼくの頭には「蟻」しか浮かばず、あっけなく第一ラウンドで退場となった。
 それ以来、張り切ってスペリングの勉強をすることはやめてしまった。むしろ、同音異義語でどれだけ不謹慎に言葉遊びできるか、そっちの方向に力を注ぐようになった。

 親戚の伯母を呼ぶとき、数年間ぼくは、わざわざ“”と英国風に発音したものだった。


アーサー・ビナード アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、近著に『カーロ、せかいをよむ』『カーロ、せかいをかぞえる』(フレーベル館)など。
閉じる トップへ
new_copyright2003.gif