アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
  【第29回】  鉄のベッド、テロリストのリスト →バックナンバーに戻る

サイクリングの途中で

































駄じゃれ賀状の第一弾





 最近、「治安」がやたらと取り沙汰される。イラク各地、なかんずくサマワの治安状態、一向に回復を見せないアフガンの治安、日本国内でも警察が張り切って「緊急治安対策プログラム」を打ち出している。でも、こんな現代のどんな修羅場にも負けないくらい物騒な地域が、ギリシア神話の中にあった。
 それはアテネとメガラを結ぶ街道筋。話によれば恐ろしい盗賊や殺人鬼がウヨウヨと、旅人を待ち構えていたらしい。例えば、超人的にレスリングが強い追いはぎが、通りかかった者に試合を挑み、もてあそんでぶっつぶす。かと思うと、化け物の大亀の餌食にするために、通行人を捕らえて海に蹴落としてしまう悪漢も出没。また、捕まえた者の足を木の枝に縛りつけて、豪快に二股裂きにするのが趣味の凶漢も。
 中でもとりわけ残忍だったのが「プロクルステス」という強盗。彼は旅人を捕まえると、隠れ家へ連れて行き、鉄でできた自分のベッドに寝かせてみる。相手の身長が、ベッドより短ければ、体を無理やりグーッと引き伸ばす。逆に丈の長い旅人だと、ベッドからはみ出た分をスパッと切り落とす。

 強引に物事を型にはめるやり方や、融通の利かない画一的な主義主張などを、英語ではよく“Procrustean bed”(プロクルステスのベッド)と呼んで批判することがある。現に、その比喩に値するものが今のアメリカにはごまんとあるが、特にブッシュ政権の「テロとの戦い」は、理不尽なごり押しにあふれている。あまりに強引で、見ているとだんだん英語そのものも、一種の Procrustean bed と化しているように思えてくる。去年のクリスマスイブに起きたテロの「ニアミス」は、典型的な例だ。
 2003年12月24日、エールフランス航空が予定していたパリ発ロサンゼルス行の直行便の乗客リストを、米国の情報局がチェックして、怪しい名前を発見した―― Abdul Haye Mohammad Illyas。
 CIAあたりは何とかの一つ覚えで、イスラム教徒らしき雰囲気にすぐ反応するが、それだけでなく今回は、以前からアルカイダのメンバーと目していた男の名と部分的に一致したのだ。「アブドゥール・ハイ」という部分が。
 さっそく「テロリストが搭乗を試みる可能性がある」と、航空会社に警告を発し、てぐすねひいて待っていた。ところが、その Abdul Haye Mohammad Illyas なる人物は、定刻になっても現れてこなかった。
 米国側は「やっぱり!」と確信したらしい。察知したからこそテロリストは no-show (すっぽかし)をやったに違いない。そこでエールフランスに対してロス行便の欠航を命じたうえで、重大な「事件」としてマスコミにリークし、同時に捜査を開始した。
 三週間ほどして Abdul Haye Mohammad Illyas が何者かが判明した。名前の前半を英語に置き換えるとそのスペルが、アルカイダの一員かもしれない男の名と同じになる。ではあるけれど、テロ組織とは何一つ接点のない人物だった。

 会社の経営者、アブドゥール・ハイ・モハメッド・イリヤスは、インド南部のマドラス市で革製の洋服を作って欧米へ輸出している。仕事柄よく飛行機に乗るので、マイレッジがどんどん溜まるという。使おうと思っても、スケジュールが合わず期限が切れて無駄になることも少なくない。エール・フランスからは2003年末まで有効の「パリ〜ロス往復」のチケットを、ずいぶん前にもらっていたが、使えるとしたらクリスマスのころだろうと、とりあえずダメモトで予約を入れておいた。師走になって案の定、仕事がいつもにも増して忙しくなり、チケットは仕方なくそのままに・・・・。
 ざらにある話だ。そんなにいっぱい乗らないぼくでさえ、一昨年の暮れ、成田発シアトル行の便で、イリヤス氏とまったく同じことをやった。ただし Arthur Binard がアルカイダっぽくないからなのか、国際テロ未遂事件というふうには発展しなかったのだが。

 地球上には今、6000以上の言語がある。野生動物よりも早いペースで絶滅していっているとはいえ、想像を絶するほど多様な世界だ。その言語を「アルファベット」という26文字に無理やり変換して、うまくおさまらない要素は切り落とし、そしてそんな欠陥だらけのデータを頼りに、悪いヤツを判別しようなんて――まさに笑止の沙汰の「テロとの戦い」だ。
 笑止の沙汰を、さも対策として成り立っているかみたいに、マスコミはもっともらしく取り上げる。好き好んでプロクルステスと枕を交わすようなものだ。


アーサー・ビナード アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、近著に『カーロ、せかいをよむ』『カーロ、せかいをかぞえる』(フレーベル館)など。
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