アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
  【第30回】  ベッドとボブスレー →バックナンバーに戻る

聖徳記念絵画館前の陽だまりで









































箱入り猫となったララ




































毛づくろいも箱の中


 空き箱がこんなに役立つとは、夢想だにしなかった。
 おととしの暮れ、手打ち風の日本そばと冷や麦のつゆ付き乾麺が歳暮として届いた。ありがたくいただき、やがて箱は空っぽに。
 踏みつぶして段ボールの資源ゴミとして出そうかと思ったが、よく見ると、軽いわりにはしっかりできている。長さ40センチ、幅30センチ、深さは7センチばかりと、大きめの文箱のような形だ。原稿か何かを入れるのに使えるかもしれない。こうして「物が増える一方」になるのだが、夫婦で協議した結果、取っておくことにした。
 そして去年の暮れにもまた、同じ歳暮が届いた。おいしく食べて、箱は空に。そこで、前年の空き箱がサンルームに、他の箱や筒や特大の封筒などといっしょに、そのまま積んであることに気づいた。今度はさすがに処分しようと思い、しかし、あるいは古い箱をつぶして届いたばかりのヤツを取っておこうか、そう考え始めて、でも、二個そろっていると場合によってぴったり重ねて使うこともできるだろうし・・・・とそんなわけで、どっちも処分しないでおいた。
 そして今年二月下旬、冷たい風が吹きすさんでいた夜、帰宅してみるとマンション一階の入り口の真ん前に、三毛猫がちょこんと座っている。そういえば今日、出かけるとき裏の駐車場を通ったが、隅っこのほうに畳んであったバイクカバーの上に、三毛らしき猫が寒そうに丸くなっていた。きっと野良だろうと思ったが、近くで見るとどうも違うみたいだ。というのは逃げるどころか、ぼくが立ち止まって「大丈夫?」と声をかけると、すぐ寄ってきて体をズボンにこすりつける。まったく怖がらない。
 白の毛が灰色になりかけているが、路上生活が長いとは思えない。野良ならもっと警戒するはずだし、頭をちょっと撫でると、すぐ喉を鳴らす。
 猫のことなら妻の得意分野だ。ぼくが軽い猫アレルギーなので、今までは飼っていなかったが、いつの日にかもう少し広い住環境が確保できたら、猫との暮らしが開始――以前からそういう話にはなっていた。三毛に「じゃね」といって、エレベーターでわが家へ上がり、妻に事情を話して、今度は二人で降りた。
 三毛はやはり入り口の真ん前に座っている。妻が声をかけると、無類の猫好きを見抜いたのか、さっきよりも数倍の親しみを込めて、体を彼女の足にこすりこすり。鼻を鳴らしてもいるので、風邪を引いているようだ。
 おなかが空いていたのだろう。妻がコンビニで買ってきた缶詰を勢いよく食べる。猫といっしょに座り込んでいる妻がぼくを見上げていう。「どうしようか。水も飲みたいだろうし」。
 「連れてってみるか?」とこっち。抱き上げてエレベーターの中に入っても、大声で鳴くでもなし。
 早い話、その捨て猫をうちで保護してしまった。

 餌の用意。トイレの用意。それからベッドをどうするか。資料と切り抜きが入っていたプラスチックの箱に、ぼくのよれよれのTシャツを敷いてテーブルの下におくと、その晩はそこで寝てくれた。が、寝心地がどうやらイマイチのようで、明くる日、また違う箱に古いタオルを敷いたら、乗り換えた。でも何だか、満足というわけではないらしく、妻がそこで試しに、サンルームから乾麺の空き箱を出した。ドンピシャリと猫の体にフィット。以来、昼寝も夜寝も、そばの歳暮に厄介になっている。

 保護した翌日、「猫エイズ」などの感染症は大丈夫か、血液検査と健康診断のため、動物病院へ連れて行った。「風邪気味」以外の病気はなく健康だが、腹の中に子どもがいるという。ひもじい路上生活を強いられていたわりには、痩せ細っていないなと、少々不思議に思ってはいたし、妻は会ったそのときから、「じゃないか」と口にしていた。
 患者の「診察券」を作るのに、名前と生年月日を決めなければならない。獣医の先生が「拾ってもらって、おまえはラッキーだな」といっていたので、「ララ・ビナード」と命名。生まれは、先生の歯の診断に基づき、四年前の今日に。
 でももしかして、ララは四歳よりもっと若いかもしれない。猫じゃらしで遊んでやると、夢中になって機敏に飛びかかり、はしゃぎ回る。途中で爪とぎ器で盛んにバリバリッとやる。さらに、気に入りのベッドで、ボブスレー滑りも繰り広げる。ぼくらが教えたというより、遊びの中から自然と出てきたと思うが、ともかく猫が走って、乾麺の箱めがけて飛び込むと、それがリビングの板張りの床の上をシューーッと、実によく滑るのだ。そのスリルを覚えたララは、どんどん助走距離を長くして、こっちも猫じゃらしで拍車をかけ、今や滑りの距離に物足りなさを感じている雰囲気だ。たまに失敗すると、爪とぎ器でバリバリッと悔しさを発散。そして再挑戦。
 さっき箱を裏返して見たが、だいぶすり減ってきている。予備が一個あるとはいえ、果たしていつまでもつか。子猫たちも、みんな胎教でボブスレー遊びを学んでいるはずだし・・・・。
  今年のお歳暮に、果たしてそばが届くのか。


アーサー・ビナード アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、近著に『カーロ、せかいをよむ』『カーロ、せかいをかぞえる』(フレーベル館)など。
閉じる トップへ
new_copyright2003.gif