アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
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アーサー・ビーナード氏


























東洋種のメロンの代表であるマクワウリは、インドから中国、日本へと伝来した。(写真提供:岐阜県本巣市農政課)














『ニュースがすぐにわかる世界地図』(小学館刊)国際情勢を盛り込んだ便利地図


 戦争が話題にのぼり、どっちが悪いか、宥和(ゆうわ)政策はいけないのか、国益を守るためにどこまでやるべきかなど、議論が複雑になってくると、ぼくは義理の父親の言葉を思い出す。軍隊の経験があった義父は、いつか“戦争責任早解り法”とでもいうべき話をしてくれた。「地図を広げ、どこで、だれがやっているか、それさえ見ればだいたい、戦争責任の所在は明らかだ」。
 テレビのニュースをつけると、アナウンサーが神妙な顔をして、例えばファルージャで拡大中の「掃討作戦」の経過を話す。うっかりその報道を、事実として頭にインプットした場合、問題が霞むだけだ。まず一歩ひいて、イラクの地図を広げ、そもそもここで米軍が戦争をやっているのは何故なんだ? と問わなければならない。

 ぼくの母方の祖父は、とても気短な人だった。こっちが何か議論しようとすると十中八九、途中から怒鳴りつけられるハメになった。でも世の中を見る目は鋭く、むかし第二次世界大戦の話をしていたとき、ぼくが「デモクラシーVSファシズムの戦い」と歴史教科書の受け売りみたいなことをいったら、即座に笑われてしまった。祖父いわく、「そんなものはショーウィンドーの飾りにすぎない。戦争っていうのは、金儲けのためにやるに決まってる。思想なんかあとからくっつくんだ」。

 22歳のとき、ぼくはインドのマドラス市で四か月ほど、タミル語の勉強に没頭した。プライベートレッスンで教わった先生は、インドの語学の偉い研究者で、大学をリタイアして時間的余裕ができ、ボランティア精神に基づいてビギナーのぼくを拾ってくれた。ぼくより英語が堪能なその先生は博学この上なく、レッスンは毎回おもしろく寄り道しながら進んだ。ある日、大英帝国とインド独立の戦いに話が及び、先生はこんなことわざを教えてくれた。「包丁がメロンの上に落ちても、メロンが包丁の上に落ちても、切られるのはメロンだ」。
 そのときの「メロン」は、インドの一般市民を指していたが、今のイラク市民も、そっくり同じ立場だ。

 第33代米国大統領のハリー・トルーマンは、政策的には評価できるところがほとんどないけれど、それでも痛快な名言を数多く残している。例えば「この世で新しいのは、お前らが知らない歴史だけだ」。要するに今、世界各地で行われていることはみんな過去の二番煎じにすぎないが、過去を見抜いていない連中が、新しい動きだと思い込む、というわけだ。
 最近、アメリカ国内ではようやく、イラクの「ベトナム化」が徐々に認められ、自分たちが性懲りもなく歴史を繰り返していることに、人々が目覚め始めているようだ。2千トンほどの劣化ウランをばらまいて一般市民を1万人以上殺害しても、反省の色は見えなかったが、アメリカ側の兵士が犠牲になり出すとやっと気がつく――そのあたりの鈍感さも、過去の繰り返しといえなくもないが。ベトナムのときは、米兵が5万数千人死んで初めて、世論が反戦のほうへ向かったが、ベトナム側の死者はすでに3百万人に達していた。

「地図を広げ、どこで、だれがやっているか」。毎日のニュースの補足として、世界地図が手元にないと困る時代だ。特に中東の地図は、壁にも貼っておくといいのかもしれない。
 ブッシュ政権の要人たちは中東の地図としょっちゅうにらめっこしているが、彼らには「戦争責任の所在」など、見えてはこないのだろう。「どうしておれたちの石油がイラク人の砂の下にあるんだろう・・・・」、思考はそのくらいか。



アーサー・ビナード アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、近著に『カーロ、せかいをよむ』『カーロ、せかいをかぞえる』(フレーベル館)など。
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