アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
  【第33回】  断崖絶壁に注意 →バックナンバーに戻る

けん玉を手にしたアーサーさん。













数年前に訪れた世界一の崖っぷち、グランドキャニオンで。















1994年6月28日の『朝日新聞』夕刊














 英国には『Trail』という山歩き山登りの雑誌があって、半年ほど前、そこに掲載されたハイキングコースが、大きな反響を呼んだ。なぜなら、読者がもし雑誌の地図に従って指示どおりに歩いたなら、途中で300メートルの崖から確実に転落してしまったからだ。
 幸い、雑誌を盲信する読者はだれもいなかったようで、『Trail』の「pride」だけが犠牲になった。でもイギリス人の友だちからその話を聞いて、自分が新聞を信じて、その導きで一種の崖から突き落とされたことを思い出した。

 今からちょうど十年前の「松本サリン事件」のときだ。来日して丸四年が経ち、日本語がだいぶ分かるようになって、新聞を毎日、一生懸命読んでいた。当時、購読していたのは朝日新聞で、気になった記事をファイルに取っておいた。
 事件のことが最初に載ったのは1994年6月28日(火)の夕刊。もちろん「サリン」としてではなく、「ナゾの有毒ガス」だった。それが、翌日の朝刊では「ナゾ急転 隣人が関係」と、まさに急転した。「会社員宅から薬品押収」「農薬調合に失敗か」「自ら通報 薬品会社に勤務歴」「悲劇招いた除草剤作り?」「『断じて許さぬ』遺族ら怒り」「住民『これで眠れる』」などの見出しが踊り、一見は決着がついたように見えた。
 けれど、中身を読んで思ったのは、半径70メートルという広範囲で、人も鳥も魚までも殺す恐ろしい毒ガスが、農薬調合なんかで発生する可能性があるなら、アメリカで同類の事件が起きていてもおかしくない。何しろ、自宅で農薬を調合したり庭に自分で散布したりする人は、日本に比べてアメリカのほうが断然多いはずだ。現に皮膚かまたは肺から、使用していた本人の体内に農薬が入り、病院に運ばれるケースがある。中には死亡するケースも。だが、周囲を巻き込んだ大惨事というのは、一個人の薬品いじりのレベルではないような気が・・・・・。
 しかし、同じ29日の夕刊には、もはや疑う余地は残っていなかった。「現場近くに住み、最初に119番通報した会社員の男性(44)」は「事件に深くかかわっている」とみられ、長野県警松本署の捜査本部が彼の自宅を捜索。「押収した薬品はシアン化カリウム(青酸カリ)など20種類以上で、20数個の薬びんや容器につめられ、納戸に保管してあったという」。

 その類いの記事以外に、「素粒子」というショートショートの時評コラムにも取り上げられていた――「睡眠中に愚行の巻き添えになった人々の無念と悲しみ。ここに露呈する農薬の一つの本質」。つまり、会社員の男性(44)が、事件を起こした犯人であることを前提に、その犯行を「愚行」と決めつけて、彼をあざける。のみならず、その「愚行」を哲学的思索の対象にして、「一つの本質」まで見いだしていたわけだ。
 そう書かれてしまうと、当時のぼくには、容易に反論できなかった。他の新聞や雑誌を読んでも、テレビのニュースを見ても、同じ方向にどんどん進んでいて、日本国民の圧倒的大多数と共に、ぼくも「冤罪」という絶壁から落っこちたのだ。

 その後、「地下鉄サリン事件」という形で悲劇がまた起こり、そこで初めて「最初に119番通報した会社員」の河野義行氏一市民が、幾重にも被害者だったことをようやく知った。
 冤罪が晴れて、サリン事件の公判が始まると、マスコミは折々、河野氏にマイクを向けた。それは恐らく、被告への怒りをあらわにしたコメントを期待してのことだったろう。だが、河野氏は一貫して「裁判が終わるまでは推定無罪」と答えてきた。その言葉の重みは計り知れない。


アーサー・ビナード アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。絵本に『カエルのおんがくたい』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、近著に『カーロ、せかいをよむ』『カーロ、せかいをかぞえる』(フレーベル館)など。
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