アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
  【第37回】  非識字率と誤解率と首長のホテルライフ →バックナンバーに戻る

アーサー・ビーナード氏







































ショペナゴン首長の名前を冠したホテル(ミシガン州グレイリングの町で)






















ミシガン北部で撮ったビーバー



 「アメリカでは大人の4人に1人が自分の名前程度しか読み書きできない」。新聞や雑誌で、こんな統計に出くわしてハッとする。
 ただそれは、ぼくが4人に1人という数に驚くからではなく、「やっぱりそうか、アメリカの非識字率ってそんなとこだったんだよな・・・・・」と改めて意識させられ、でもショックは受けず、危機感もイマイチわかず、「ま、別段新しい数字でもないし・・・・・」と片付けそうになる、とそこで気がつく。そしてハッとするのだ。慣れっこになってはならない、深刻な問題なのだ。
 しかしまったく、ぼくの母国はどこを見ても、危機的な統計がゴロゴロしている。
――国民健康保険の制度はなく、アメリカ人のおよそ6人に1人が無保険状態で、事実上、医療が受けられない。
――ブッシュ政権が1期目で実施した大型減税は、総額の半分以上が超富裕層のトップの1パーセントの懐に入った。
――米国人は世界人口の5%にも満たないが、世界の石油消費量の4分の1以上を、一国だけで燃やしている。
――マリア様がセックス抜きに、処女のまま妊娠してキリスト様を産んだという「処女懐胎」を、アメリカの成人の8割が信じている。

 25%の非識字率と、その他もろもろのトンデモ統計と、当然みんな地続きのものだ。字がうまく読めないと、テレビが主な情報源になってしまい、テレビ報道は、「処女懐胎」と同じくらい現実から掛け離れていることが多々ある。では、もし一生懸命ABCを勉強し、どうにかディクショナリーと首っぴきで新聞が読めるようになったとして、それで確かな情報にありつけるかというと、そうはメディア屋が卸さない。
 例えば、二年前の古新聞を見てみると、『ニューヨーク・タイムズ』を始めアメリカの全国紙も地方紙も、妄想とイリュージョンの記事で埋め尽くされている。「死との隠れん坊・なおくすぶるイラクの核兵器の謎」「細菌博士・世界一の殺傷力を持つ女」―― 2002年の暮れは、イラクが隠し持っているに違いない生物兵器と化学兵器と核兵器と弾道ミサイルの脅威の話題で100%持ち切りだった。
 そして2003年の夏に実施された世論調査では、こんな数字が出た。アメリカ人の48%は、イラクのフセイン政権とテロ組織アルカイダを結びつける有力な証拠が見つかり、両者の緊密な関係は立証済みだと信じている。実際はそんな証拠は何一つ存在しないのに、フセインとビン・ラディンを仲良し小良しの「反米枢軸」に見せかけたテレビ報道が、見事に功を奏したのだ。けれど、読み書きのできないあの4人に1人が、たとえ全員引っ掛かったとしても、残りの23%は字が読める人口のはずだ。
 マーク・トウェーンの名言が思い浮かぶ。「質のいい本を読まない人は、質のいい本が読めない人より有利とはいえない」。

 ぼくが生まれ育ったミシガン州には、「ショペナゴン」というオジブワ族の首長にまつわる逸話が残っている。 1812年の英米戦争より前に生まれ、1911年のクリスマスの日に息を引き取った彼は、晩年のアルバイトとしてミシガンの製材会社のイメージキャラクターになった。仕事の内容は、ばっちり首長の礼服で決めて、立派な頭飾りもかぶり、会社の白人のオーナーといっしょに、材木商の会議や展示会に出席すること。そんなとき、森や川のことなら何でも分かるショペナゴンだが、ホテルライフにはかなり苦労したらしい。
 なにしろ英語の読み書きができず、ホテルのレストランのメニューに困った。当然のことながら、料理の手掛かりになるような写真も食品サンプルもない。おまけに、同じ展示会に商売敵が大勢集まっていて、その白人男性たちは、威風堂々の首長が、メニューにたじたじのところをからかおうと、レストランで待ち構えている。
 さて、今晩のディナーをどう乗り切るか。ショペナゴン首長は何食わぬ顔でテーブルにつき、メニューを渡されると、しばらく読んでいる振りをする。それから首を横に振って、ウエーターを呼びつけ、「ヤマアラシの串焼きはあるか」と尋ねる。
 ウエーターが「いいえ、ありません」と答えると、
「じゃ、マスクラットの蒸し焼きは?」
「それもございません」。
  ウエーターがそう答えると、今度は「ビーバー・ステーキは?」
 返事は「すみません、ございません」。
 そこでショペナゴンは声を張り上げる。「ヤマアラシもマスクラットもビーバーの料理もなく、ここは高級ホテルといえるのか!」
 すると、からかおうとしていた連中も含めて客がみんなドッと笑い、そのすきに首長はウエーターに「本日のスペシャル」をそっと尋ねて注文を済ませた。

 日常生活の中でいくらでもある、字を読む行為。ショペナゴン首長は知恵を絞り、機転を利かしてどうにか乗り切ったが、アメリカ国民の4人に1人が今、どんな知恵を使い、いったいどう身をかわしつつ暮らしているのか。


アーサー・ビナード アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞受賞。絵本に『くうきのかお』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、『カーロ、せかいをよむ』『カーロ、せかいをかぞえる』(ともにフレーベル館)。エッセイ集には『空からやってきた魚』(草思社)。
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