アーサーの日本語つれづれ草 アーサー・ビナード
  【第38回】  植え込みの中のハムレット →バックナンバーに戻る

アーサー・ビーナード氏













































































青森市の雪の備え百態






































































ベトナムのホーチミン動物園


 月一のペースで、青森市に通ってかれこれ九年になる。ラジオの仕事のためだが、こう長くなってくると、気分は半分「帰省」みたいな感じで、親しんだ土地を月ごとに散策するのがもう一つの、ぼくのひそかな楽しみだ。
 行きは夜行バスを利用することが多く、青森駅前に着くのが午前六時から七時の間。スタジオ入りまでは三、四時間の余裕があり、ラジオ局が位置する市の南東部をなんとなく目指しさえすれば、思う存分ぶらぶらできる。途中で短歌をひねったりもする。

  青森の市場に紫蘇は積まれたり
  一束百円スソの葉として

古川市場は駅のすぐ近くだ。リュックにスペースが空いているときは、そこで漬物か果物かその両方でいっぱいにする。
 寒ければ、新町通りの「ねぶた関所」という喫茶店のモーニングセットで体を暖める。快晴なら朝食抜きのまま、ベイブリッジの下をくぐって青森湾をしばし眺める。「魚釣り禁止!!」と書かれた看板の真ん前で、太公望たちが糸を垂れていて、「釣れますか」と声をかけると、釣果を見せてくれる。ついでにその先に停泊している、在りし日の連絡船「八甲田丸」の錆びの進み具合をチェック。

 冬はだいたい善知鳥(うとう)神社へ回り、境内の隅の「謡曲善知鳥之旧跡」というのっぽの石碑が、どのあたりまで雪に埋もれているか確認する。
 堤川を渡るには、石森橋、青柳橋、旭日橋、うとう橋、堤橋、松園橋、そして甲田橋と、豊富なセレクションから選べて、ぼくは歩道が下流側に張り出した古い鉄橋の甲田橋が気に入っている。ところが、去年それが取り壊され、いまは新しい橋が工事中だ。
 甲田橋の上流の、川沿いのトタン屋根の家に住む雉虎猫は、ときどき道まで出てきて、「なでてちょうだい」と体をくねらせる。なでてやると喉をモーターボートさながらに鳴らし、満足すると今度はぼくの靴紐にじゃれだす。

  夏時雨ねぶたはビニール被されて
  武者も猛虎もさて不機嫌な

ラジオの出演日が、ねぶた祭りと重なった年は嬉しい。あいにくの空模様でも、笛を吹き太鼓を叩いて、老若男女が濡れて練り歩く。

  日本の冬をめざして白鳥ら
  首長々と大空をゆく

年によっては、大白鳥の来日にも立ち会える。また、春にはもう一回、東京に続いて第二弾の花見が楽しめる(やっと終わったはずの花粉症も返り咲くのだが)。
 でも、数ある風物詩の中で、ぼくが一番感銘を受けるのは、ひょっとして雪吊りかもしれない。それも雪が積もる前の、施されたばかりの雪吊りだ。観光ツアーの対象にはならず、ほかの人が鑑賞しているのを見かけたことはないが、その見ごろは十二月上旬。公園や境内、個人の家でも、十二月に入ると木々はみんな罪人よろしく縄をかけられる。
 いや、枝ぶりが立派な松などは特別扱いで、高い支柱が一本すっと立てられ、そのてっぺんから円錐状に何本もの縄が、下の枝に結ばれる。でき上がりは蜘蛛の巣のような、天幕のスケルトンのような、実に優雅な雪吊りだ。しかし背が低く、枝も柔らかい落葉樹の類いは、しっかりとくくり上げられるのだ。


 ぼくは大学で英米文学を専攻して、シェイクスピアに熱中したが、ぐるぐる巻きにされてじっと立っている庭木を目にすると、『ハムレット』の昔の上演のスチール写真が頭に浮かぶ。がんじがらめのハムレットが“To be, or not to be...”と悩むとき、一世紀前の俳優たちはいま以上に全身を使い、本当にひしがれそうなポーズを作って表現した。それに通じるような悲愴感が、善知鳥神社や平和公園や青い森公園などの植え込みにも、たしかに漂っている。“To grow, or not to grow...”といったほうが正確だろうが。
 枝が比較的太く、束縛の縄をいまにも引きちぎってしまいそうな力強い木は、むしろ『オセロー』を連想させる。それから、二本の木がいっしょに縛られ絡み合っている場合もあり、『ロミオとジュリエット』のいろんな葛藤を演じているふうだ。無論、全部が全部シェイクスピアに当てはまるわけではなく、おととしのNTT青森支店の植え込みには、ギリシア悲劇の『オイディプス王』の姿にジャストミートするぐるぐる巻きの木があった。自分の目をえぐりとったあとの、杖をついて歩くオイディプス。
 深読みもはなはだしいと自覚はしている。もちろん、木々の演技力を高めようと縄をかけるわけじゃなく、植木屋さんはただ、これから降り積もるおびただしい雪にたえられるようにと、補強しているのだ。現に、雪が少しでも積もっていれば、雪吊りのそんな実用性が前面に出て、木々はシェイクスピアやソフォクレスの登場人物に見えなくなる。だが、地面に雪がなく、降る気配すらないさわやかな早朝に、きつく縛られた木々に出会うと、それぞれ何か訴えてくるような・・・・。


 ある年の初冬のある日、市内あちこちの雪吊りを堪能している途中で“topiary”という単語が気になり出した。相当する日本語はあるんだろうか、考えても何も思いつかず、東京へ戻るなり英和辞典を引くと「トピアリー」と出ていた。わが家の『カタカナ語の辞典』にも、堂々と「トピアリー」が載っているではないか。「人工樹形の一種。樹枝を動物、星、円錐などの形態に刈り込む人工的製姿法のこと」。そうか、円錐というところでは、松の雪吊りとちょっとはつながる。けれど、ぼくの中ではずっと一線を画してきた――雪吊りが好きで、topiary なんか嫌いだと。
 嫌いになったのは、やはり最初のトピアリー体験がよくなかったからだろう。九歳のとき、フロリダ州のディズニー・ワールドへ連れて行ってもらった。オーランド市内からバスに乗り、園内へ入る道路に沿って延々と、街路樹ならぬ「街路ミッキー」だの「街路ダンボ」だのが立っていた。おそらくイチイの木だっただろうが、ばっちりキャラクターの形にカットされ、異様なまでに青々としていた。行きは不思議がりながら眺めていたが、ワールドにどっぷり一日遊んだあと、ミッキーに食傷気味だったらしく、帰りの車窓から見て、ひどく不気味で悪趣味に映った。植物にトレードマークを押しつけるなんて・・・・。ぼくのディズニー離れは、そこから始まった。
 木にはその木ならではの表情があり、木を鼠に仕立てるとそれが潰されてしまう。でも、木が雪の重みに潰されないようにくくり上げると、その木ならではの苦悶の表情が、より色濃く出る。雪吊りは抽象と具象の間を綱渡りする、環境と人間の合作だ。トピアリーはただの邪道――。

 そんな結論に達して久しかったが、去年、ベトナムへ行ってホーチミンの動物園に足を運んだ。門をくぐってすぐ右側の芝生の上で、なんと馬の群れが戯れていた。トピアリーの馬の群れが。
 ちょうど駆け出している馬の木と、後ろ足で立っている馬の木と、急に止まろうとしている馬の木、並足で行く馬の木、みんな軽やかで生き生きとしていて、風が吹くと葉はそよぎ、たてがみが震えていっそう楽しそうに見える。
 一頭だけ切り取って、その形を四方から分析すれば、なんだか鹿みたいな、狐みたいな側面もあって、決して写実的な描写ではない。けれど生きた若駒の躍動感を見事に捉えて、文字通りの「写生」になっていた。
 もし青森の平和公園あたりにもこんな一群があったら、初冬のハムレットたちも引き立つんだろうなと、そのときふっと思った。しかし二メートルの積雪は、いくらなんでもトピアリーには酷すぎる。一年目の冬で若駒が、背の曲がった老馬に変身しかねない。

  落葉の限りを尽くし青森の
  庭木は縄にくくられて冬


アーサー・ビナード アーサー・ビナード  
Arthur Binard
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。90年に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞受賞。絵本に『くうきのかお』、翻訳絵本に『どんなきぶん?』(ともに福音館)、『カーロ、せかいをよむ』『カーロ、せかいをかぞえる』(ともにフレーベル館)。エッセイ集には『空からやってきた魚』(草思社)。
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