わたしの好きなお国ことば 田部井淳子(登山家)
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 わたしが生まれ育ったのは、福島県の三春町というところで、春になると、梅と桃と桜の花が一度に咲くので、三つの春と書いて三春町というのです。郡山から20キロぐらいの小さな山あいの城下町で、両親はそこで印刷所をしていました。
 仕事柄、人のたくさん出入りする家で、お客さんがくると、母は「どのってきな」と言って、お茶を出すんです。「どのる」は、「ゆっくりする」ということ、「どのってきな」は、「ゆっくりしていきな」というような意味です。子どもの頃、「どのってきな」という母の声がすると、ああ、誰か来たな、とわかるわけです。
 ふるさとの言葉で、すぐ頭に浮かぶのは、この「どのる」と「さすけね」ですね。「さすけね」は「さしつかえない」ということで、気にするな、大したことはない、といったニュアンスです。たとえば、お茶とかしょうゆとかをこぼしたときに、あわてたり、恐縮している相手に向かって、「さすけね、さすけね」といって安心させるんです。
 思春期になると、こうした言葉遣いがなんとも田舎くさく感じるようになって、もっと上品な言いかたはないだろうか、などと嫌っていたのですが、大人になってから、自分が海外の山に行ったときなどに、よく「どのって、どのって」と言ってるんですね。一時はイヤだと思っていた言葉を口にしているんです。

 山では誰もが、自分の体力で行けるかな、きびしそうだな、と迷ったり不安に思うんですが、そうした緊張やとげとげした気持ちは、他の人に伝わるものです。そういうとき、「ちょっと、どのってかない?」なんて言うと、みんなの気持ちがフッと抜けて、緊張がやわらぐんですね。「どのるって何?」と聞かれて、ただ休むというのとは違う、なんともいえないリラックスする感じを、一所懸命説明して、次からはみんなが使うようになったり、ということもあります。
 山でのテントは狭いので、たとえば鍋をひっくり返したりすると、「何やってんの」と文句になりがちですが、そんなとき「さすけね」と言ってあげると、失敗した本人だけでなく、その場の雰囲気も救われるんですね。わたし自身、たいへんな失敗をしたときに、「そんなのさすけねわい」と言われて、救われた気持ちになったことがありました。そのときに、なんていい言葉なんだろうと思いました。ふるさとの言葉がありがたかった。
 こうした方言のよさに気づいたのは、ずいぶんあとになってからです。上京したてのときは、劣等感のほうが強くて、方言はしゃべらないようにしていました。アンナプルナ登攀のときも、「さあ、行くべ!」とは言ったかもしれませんが、カルチャー・ショックのほうが強くて、とても「さすけね」なんて言う余裕はなかった。それがエベレストのときは、「第2キャンプに行ったらどのろう」なんて、隊の中で流行ったりもしました。
 今でも、昔の山仲間と会ったときなどに、「ちょっとあそこで、どのってかない?」などと聞くと、なんともいえない懐かしい気持ちになります。(談)



田部井淳子 
(たべい・じゅんこ)
登山家。1939年福島県三春町生まれ。75年女性として世界最高峰エベレスト(8848m)に初登頂成功。92年女性世界初の七大陸最高峰登頂者に。現在も年数回の海外登山に出かけるかたわら、クリーン登山や環境保護運動に取り組む。日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト代表。著書に『七大陸最高峰に立って』(小学館刊)『エベレスト・ママさん 山登り半生記』(新潮文庫)ほか。
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