わたしの好きなお国ことば 立川志の輔(落語家)
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 私のふるさと富山県の方言で一番気に入っているのが「きのどくな」である。これほどやさしく、曖昧で、かつ多くの意味をもち、便利な言葉はよその県には無いんじゃないかな。
 こう言うと「なにを言っているんだ。気の毒と言う言葉は共通語にもあるじゃないか」と言われそうだが、それは違うのです。
富山弁の「きのどくな」は、共通語の「気の毒な」とは違うのです。
 確かに意味のひとつに「気の毒な」を含んではいる。共通語の「気の毒」は相手の状態を指す。「あの人、交通事故に遭ったそうだよ。気の毒だね」と。ところが富山弁の「きのどくな」は「自分の為に、こんなに苦労をしていただいて、あなたに気の毒な思いをさせてしまったね」と言う意味なのである。
 つまりは「きのどくな」は同じ同情のようなニュアンスでも、自分の為に相手がそうなったことに対する労いの言葉なのである。
 だから意味としてはその他に「ありがとう」「すいませんね」「おかげ様で」「感謝です」「申し訳ない」「助かりました」「お疲れでしょう」「ご苦労かけました」「休んでくださいよ」などなど。
 これらすべてのそれぞれの意味を持っていると言えるし、これら全部を足して割ったような富山県民独特の相手に対する気遣いの表現なのです。
 もちろん富山県以外では通用しないが、そのぶん富山では大活躍するのです。

 私は、この「きのどくな」のなかに富山の県民性がすべて詰まっていると思っている。
 相手に対する気遣いNo.1の県だから、きっと胃潰瘍の患者の数は全国でもかなり上位(うれしいことではないが)なのではないかとすら思う。
 そんな富山の県民性は、旅行をするとよく分かる。
 民家でご飯をご馳走になってごらん。ご飯のおかわりを断るのは大変なぐらいに「食べられ、食べられ」の連続である。そして「おかわり」で出てきたご飯のてんこ盛り状態には、軽いめまいを覚えることでしょう。
 またあなたが旅行中に、どんなに「立山連峰」の素晴らしさに感動して誉めてくれても「そうやろ、凄いやろ日本一やろ」などと自慢をする人はいないはずです。きっと富山県民は「なぁ〜ん大したこと無いちゃ、ちょっこり地面が盛り上がッとるだけやちゃ」というような、ちょっと覇気が無いように聞こえる言葉であなたに返事をするでしょう。これもあなたへの気遣いの表れです。
 そんな味わいのある富山弁も、若者達はだんだん使わなくなっています。それは当然の流れでしょう。言葉は時代とともに変わるものです。これだけテレビが普及している時代に、「方言を大事に!」とだけ言ったところで仕方がありません。
 でも方言の嫌いな若者達が、正しい共通語を話しているのか?というとそうでもない。ここが問題です。
 「方言なんかかっこ悪くて使えるか!」と言っている若者にかぎって、きちんと共通語を使えずごちゃ混ぜの妙な訛り言葉を使っているような気がする。このほうがもっとかっこ悪いと思うのですが。そこで、もし正しい共通語を話したいなら、正しい方言を使うことで「どこが訛っているのか」を知って、共通語との違いを知る。これが正しい共通語を使える第一歩だと思うのですが。そういう私も、ふるさとに帰って使う富山弁と、落語の時の江戸弁と、テレビやラジオの時の共通語、この3ヶ国語?バイリンガルを目指しております。


立川志の輔 
(たてかわ・しのすけ)
昭和29年、富山県新湊市生まれ。昭和51年、明治大学経営学部卒業(落語研究会に所属)。劇団所属、広告代理店勤務を経て、昭和58年、立川談志門下入門。平成 2年、立川流真打昇進、現在に至る。
主なレギュラー番組…「ためしてガッテン」
CM…東京ガス「乾太くん」、富山経済連「富山米」、まるか商品「ペヤングソースやきそば」など。
賞…昭和63年、平成元年「にっかん飛切落語会若手落語家奨励賞」、平成元年「文化庁芸術祭賞」、平成5年「富山県功労賞」など。
出版物…「笑われる理由」(祥伝社)、「古典落語100席」選・監修(PHP研究所)、「志の輔のらくがき川柳新鮮流」(冬青社)、ほか多数。
CD・カセット…「志の輔らくご 両耳のやけど」10巻(テイチク)。
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