わたしの好きなお国ことば 竹西寛子(作家)
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 私は二十四歳までを生地の広島市で過ごした。山も川も畑も海も、あって当たり前のように近くに見て暮らしていた。標準語でも共通語でもないらしいが、かつてはそれが方言であるとも思わず使い慣れていた広島の日常語で、この年齢になって改めて捨て難く思う言葉のいくつかを取り上げてみる。ただこれが広島弁ですと言う自信はない。なぜなら、同じ県内でも、時と所によって、言葉遣いも微妙に違ってくるからである。広島だけに限らないことだとは思う。従って、以下は、昭和の初年から二十四、五年頃までの、広島市内で使い慣れていた言葉と思っていただきたい。
 東京に移って、言葉で最初に意識したのは、主として感覚をあらわす語彙が東京の日常語には少ないのかという疑問である。これは直感的な印象だった。大まかに言い切られる。それに較べると、広島では言い分けていたものが少なくない。例えば広島で「イタイ」「ハシル」「ニガル」などと使い分けていた痛みも、東京では「イタイ」にまとめられるらしい。「ハシル」は陽気なひりひりするような騒がしい痛み。「ニガル」は鈍痛に使っていた。語彙は多ければいいというものではない。少ない語彙でも、前後の言葉との関係で充分使い分けられる。東京の「イタイ」の多様性も次第に分かってはきたが、「ハシル」「ニガル」には、いかにもそれらしい表情があって捨て難い。
 「その背広にその靴じゃあ、ツロクせん」とか、「ツロクのとれとらん夫婦じゃ」などと言う。釣合いがとれていない。ちぐはぐで落ち着きがよくない。それじゃあ様(さま)にならないよ、とでもいうところ。正面きった批判や非難、軽蔑ではなく、ちょっとふざけた感じで、大切にしている中味は調和なのである。
 東京で共通語の生活が長くなっても、広島で学校友達や親戚に会ったり、又上京してきた広島の人達に会うと、気心の知れた者同志であれば会話に忽ち広島弁らしきものが戻って調子づく。普段どこかに隠れている言葉なのに、いざとなればいつでも飛び出してくる。頼もしい。いとおしい。気味悪い。調子づいて夢中になった後は、今度は共通語に戻るのにちょっと時間がかかる。

 気味悪いといえば、これも表情のある好きな言葉に「イビセエ(イ)」がある。古語の「いぶせし」からきているのであろう。古語でのうっとうしい、むさくるしい、恐ろしく気味が悪い、などの意味のうちでいちばん近いのは最後の意味である。ただし「イビセエ」は、動転するとか息の詰まるような衝撃的な恐ろしさではなく、間接にじわっと迫って持続する気味悪い恐ろしさである。「あの人に、どこで様子をうかがわれとるかもしれん思うたら、イビセエ、イビセエ」というような使い方。ひと通りの困り方ではなく難儀しているさまをいう「アズル」、屈折したいやらしさをいう「イナゲ」(例、イナゲな人。イナゲなこと言うたな)、「しんどい」よりももう少し柔らかな言い方の「ヤネコイ」。いずれも愛すべき表情をもつ言葉である。



竹西寛子 
(たけにし・ひろこ)
作家。1929年、広島市生まれ。早稲田大学文学部卒業後、出版社勤務のかたわら評論を発表。64年、評論『往還の記』により田村俊子賞受賞。また、同時期発表の、広島体験に基づく小説『儀式』が女流文学賞候補となる。以降、小説と批評の両面から多彩な執筆活動を続けている。著作に、評論『式子内親王・永福門院』『山川登美子』『日本の文学論』、小説『鶴』『管絃祭』『兵隊宿』『長城の風』、随想『山河との日々』など。『竹西寛子著作集』(全5巻・別冊1)がある。94年、作家・評論家としての業績により第50回日本芸術院賞受賞。
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