わたしの好きなお国ことば 矢口高雄(漫画家)
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 お国ことば、すなわち方言は──その土地の人間が声に出して喋った言葉──とボクは定義づけている。だから、それを文字にして書いた段階で、それはもはや方言ではなく、ましてや誰かが読むということになれば、これはもう土地の人間が喋ったものとはまるで違った言葉になってしまうだろう。そんな意味でも、こうした一文を書くことはひどく神経を使うことだし、疲れる。
 それはさて置き、ボクは秋田県南部の、奥羽山脈の山襞(やまひだ)深く分け入った山村に生まれ育ち、三十歳まで秋田県人をやって来た。つまり、いわゆる東北のズーズー弁のなかに三十年間どっぷりと漬かって来たわけで、昨今の若者たちよりも多くの古い方言を知っているし、その産物として未だに訛りが抜けない。
 さて、「ねまる」である。
 「座(すわ)る」という意味だが、用語例を一つ挙げてみよう。例えば来客があったとする。ところがその客人、遠慮をしているのかなかなか座らない。そんなとき、
 「ホラ、立てばがりいねェで、ねまれ」(立ってばかりいないで、座りなさい)
となる。だが、秋田では単に「座りなさい」ではない。「ゆっくりとくつろぎなさい」という愛情が込められている。だから、勧められた客人は囲炉裏にどっかりと胡座(あぐら)をかいてくつろぐことになる。椅子などでは決してない。赤々と薪が燃える囲炉裏端というのがボクのイメージであり、客人に対する思いやりに満ちた言葉として、ボクは好きである。しかし、さすがに今日では、かなりの古老たちも使わなくなった。テレビの時代になって、共通語が浸透したためだろう。
 ところでボクは若い頃、「ねまる」はもっぱら秋田地方の方言だろうと思っていた。が、多少の意味の違いはあれ、かなり古くより日本各地で使われていたことがわかった。それを発見したのは、芭蕉の一句からである。
 涼しさをわが宿にしてねまるなり
 この一句は、芭蕉が奥の細道紀行で訪れた尾花沢(山形県)の鈴木清風宅で巻いた歌仙の発句である。

 当時の俳諧の仕組みは、紙幅の関係でここでは省略する。だが、芭蕉はこの一句を、大歓迎を受けた尾花沢の同好の志への挨拶がわりとして、土地の方言を折り込んで詠んだものと言われている。
 思うに、かつては全国各地で使われていた「ねまる」も、芭蕉の時代には次第に使われなくなっていた言葉ではなかっただろうか。しかし、尾花沢ではそれがまだ日常用語として活き活きと使い続けられていた。やがて不易流行という俳諧の境地に達することになる芭蕉には、実に印象的であり、心温まるお国ことばに感じられたのかもしれない。
 お国ことばは、いつしか共通語に取って代わられ、すたれて行くものも少なくないだろう。しかし、すべてが共通語になってしまうことも有り得ないだろう。


矢口高雄 
(やぐち・たかお)
漫画家。1939年、秋田県増田町生まれ。本名、高橋高雄。73年、「釣りキチ三平」の連載を開始し、74年、講談社出版文化賞を受賞。76年には「マタギ」で日本漫画家協会賞大賞を受賞。他の作品に「オーイ!!やまびこ」「ボクの手塚治虫」「蛍雪時代」、エッセイ集「ボクの学校は山と川」など。95年、増田町にまんが美術館を開館。
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