わたしの好きなお国ことば 又吉栄喜(作家)
  【第15回】  マーンカイガ →バックナンバーに戻る

 私の住んでいる浦添(うらそえ)では以前、道で顔見知りに出会うと、互いに「こんにちは」でも「やあ」でもなく、「マーンカイガ(どこにか?)」と聞いた。
 小学生だった私はある日、泳ぎたくなり、家族が出払ったすきに、私になついている犬のクロを連れて、海に出かけた。
 白い一本道の向こうから、いつもブラブラ散歩している老人が近づいて来た。脇道を探している間に老人は私の前に立ち止まった。
 「マーンカイガ」と老人は聞いた。私が「港川」と言うと、「ヌーシーガ(何をしに?)」とすかさず老人は聞いた。一人で海に行ってはいけないと親に言われていた私は早く立ち去りたくて「カーミジ(亀岩)に泳ぎに」と答えた。
 一里ほど離れたカーミジの近くの雑貨店で長椅子に座ってアイスキャンデーをなめている上級生にも私は「マーンカイガ」と聞かれて、「カーミジに」と答えた。
 その日はたまたま大潮で、ずっと遠くまで珊瑚礁の原が干上がっていた。私は泳ぐのを止め、貝やタコをさがし歩いた。熱帯魚の美しさやたくさんの獲物に魅了され、すっかり時間を忘れてしまった。
 ずっと私の後をついてきたクロは、前足で珍しそうにウニやナマコをつついていたが、いつのまにかいなくなっていた。潮が満ち始めていた。
 たまたま私を誘いに来ていた従兄は、舌を出し今にも倒れそうに家に帰ってきたクロを見て、驚いた。



 表通りに出て、私をさがしていた従兄に、あの老人が「この黒い犬とカーミジに泳ぎに行った」と教えた。カーミジと聞いて、従兄は心配した。
 カーミジは見事な亀の形をした大岩で、沖に向かって泳ぎだそうとするかのように水平線を見つめている。
 亀の頭の数メートル下の水中には岩が横たわっていた。私たちは岩の両脇に飛び込んだのだが、たまに岩の存在を知らない米国少年や那覇の高校生などが大怪我をした。
 従兄や近所の大人たちはタクシーに乗り、カーミジに向かった。
 遠くには所々まだ岩や珊瑚が見えていたが、私は流れの早い海水に取り巻かれていた。首まで海水に浸かり、強く足をふんばりながら、どうにかこうにかカーミジにたどりついた。
 従兄や近所の大人たちの顔を見た瞬間、私は涙がこぼれた。
 帰りがけ、私たちは、上級生がアイスキャンデーを食べていた雑貨店で、かき氷を注文した。
 五百メートル先の用事にも車や自転車を利用する今では「マーンカイガ」に出会わなくなった。また、今の人たちは「マーンカイガ」と聞かれると、どうして干渉するんだと答えそうな気がするのも時代の趨勢だろうか。


又吉栄喜 
(またよし・えいき)
作家。1947年、沖縄県浦添市生まれ。琉球大学法文学部卒業。78年、「ジョージが射殺した猪」で第8回九州芸術祭文学賞を受賞。80年、「ギンネム屋敷」で第4回すばる文学賞を受賞。96年には、「豚の報い」(文藝春秋)で第114回芥川賞を受賞。他の作品に「果報は海から」(文藝春秋)「波の上のマリア」(角川書店)「陸蟹たちの行進」(新潮社)「海の微睡み」(光文社)「人骨展示館」(文藝春秋)など。
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