わたしの好きなお国ことば 福島瑞穂(弁護士・参議院議員)
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 わたしは宮崎県の延岡で生まれ、日南(にちなん)の飫肥(おび)小学校を出て、高鍋というところに住み、中学・高校は、宮崎市内で大きくなった。わたし自身は宮崎で育ったので宮崎県人だと思っているが、両親は熊本の菊池郡出身で、家ではバリバリの熊本弁を話していた。だから、子どものころは家の中では熊本弁、一歩出たら宮崎弁という生活だった。
 延岡、日南、高鍋、宮崎と、四か所も移り住んでみると、同じ宮崎弁でもそれぞれ微妙に違うのだが、共通して言えるのは、宮崎の言葉はひじょうに優しいということだ。家では両親や祖母が、わりとはげしい熊本弁を話し、外ではおだやかな宮崎弁に接して、子ども心に方言の違いとは分かっていたけれど、言葉の落差は感じていた。
 たとえば、宮崎では、男の人でも語尾をあげて、「なんなんだわー」とか「なんなんですかえー」というように、ゆったりと話す。熊本弁や鹿児島弁は、わりと女性でもパッパッとはっきり話すけれども、宮崎弁はとてもおだやか。ものすごく断定したり、詰問したりするといった言葉は少ないように思う。それから、ほかの人が何かを言うと、「です、です」といって相づちを打つ。北国の方言で、「んだ、んだ」というのと同じようなものかもしれない。「ですです」というのは、相手の言ったことを肯定的に聞く合いの手で、そこから相手を全面否定する、ということにはなりにくい。
 こんなふうに、宮崎弁には相手を否定したり、糾弾したりするような言葉は少なくて、九州の中でいちばん人がいいのが宮崎県人だと思っている。

 変な言い方だが、言葉がのんびりと優しいのは、宮崎には天領が多くて、大きな城下町がなかったからではないかと、わたしは解釈している。鹿児島、熊本、大分には、それぞれ大きな城下町があって、江戸の名残や、格式を重んじる気風をいまだに感じることがある。もちろん、宮崎にも古いところがないとは言わないが、まず、海に向かって開かれているところ、暖かくて黒潮があるところ、という感じを、わたしはとても持つ。
 だから、全国のいろいろな所へ行くけれども、まじめで辛抱づよいという土地柄よりも、沖縄とか高知のように、気候や気風の似たところへ行くと、故郷に帰ってきたような気分になる。
 沖縄に行ったときに、沖縄時間というのがあると聞いて驚いたのだが、宮崎もむかしは日向(ひゅうが)の国といって、今でも日向時間というのがある。催しもののときに、みんなが三々五々集まってきて、きちんと定刻には始まらない。沖縄でもやはり三々五々集まってきて、夜中からは宴会にもなるそうで、やはり、気候が似ていると気風も似通うのだろう。戦時中に、沖縄から宮崎にたくさんの人が疎開してきた話を聞いても、似ているところが多いように思う。
 宮崎の方言は、「のさん」という山があって、「よだき」という木が生えていると言う。「のさぁん」も「よだきぃ」も、シンドイという意味。ほかにも「だれたぁ」とか「およばぁん」とか、暑くてだるい、つかれた、といったニュアンスの言葉はいろいろと豊富だ。
 人を論難する言葉が少ないかわりに、では何が多いのか、と考えたとき、暑くて疲れたふうの言葉が多いのかなあ、と思う。(談)



福島瑞穂 
(ふくしま・みずほ)
弁護士。参議院議員。1955年生まれ。東京大学法学部卒。夫婦別姓選択制のほかに、アジアからの出稼ぎ女性の問題など、女性や家族の問題に取り組む。著書に『結婚と家族』(岩波新書)、『裁判の女性学』(有斐閣)など多数。
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