わたしの好きなお国ことば 倉嶋厚(気象エッセイスト)
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 そうはいっても
 信州人のよく使う言葉に「そうはいっても」がある、と1991年当時の長野県地方課長、古川康さんが書いている。方言ではないが使用頻度は長野県が断然多い。たとえば会議で結論がでかかるころ、「そうはいっても・・・」と言い出す人が出てきて議論が延々と続く、というのである。
 「自分が信州人であると感じるのは、どのような時ですか」というアンケート調査に「会議などで皆が安易に一つの結論に同調したり、ある事柄について大合唱がおこると、そんなことはない、とことさらに異を唱えたくなるとき」と答えた私は、「そうはいっても」は長野県の「方言」という新説に、ニヤリと笑って賛意を表したくなるのである。

 鳴かず鳴くべの峠かな
「オラホウの言葉はへえ、東京にちけえもんでえ、方言なんかねえずら」・・・これも古川康さんの文章からの引用である。この「・・・ずら」という言い方は、私の育った北信の長野市にはなかった。
 岩波泰明著「諏訪の方言」によれば、「雨が小降りになったで出掛けず」の「ず」は否定ではなく、行動する意味である。また、「ずら」の略の場合もある。「ずら」は「ずらん」の略で「であろう」の意味。この言葉は東海地方や山梨県一帯で用いられ、静岡県の「ちゃっきり節」(北原白秋作詞)の囃子言葉にも「きやァる(蛙)が啼くんで雨ずらよ」とある。この用法が長野市でなかったのは、信州の言葉は武田信玄と上杉謙信の文化圏に分かれていたからだろうと、私は勝手に想像している。「ほととぎす鳴かず鳴くべの峠かな」という俳句だか川柳だかがある。無論、ホトトギスは峠の両側で鳴いているのである。

 かげどけしやす今日あたり
 「大降(おおぶり)の後三日四日/異なお天気でごわしたが/かげどけしやす今日あたり/春でごわすぞこれからは」・・・これは1945(昭和20)年に信州の佐久に疎開したまま、戦後も暫く、そこで暮らした詩人・佐藤春夫の「春のおとずれ」と題した四行詩で、「挨拶のさまざま」という副題がついている。家や森の北側に残っている陰雪(かげゆき)が解けるのが「かげどけ」または「日かげどけ」である。
 「雪とけて村一ぱいの子どもかな」、「蝶とぶやしなののおくの草履道(ぞうりみち)」は北信の俳人・小林一茶の句である。雪が解け、どろんこ道の期間が続き、その後に砂が春風に舞う白く乾いた道が現れ、人々は雪靴ではなく草履を履いていることに春を実感する。
 近年は下駄も草履もあまりみられなくなったが、草履道という言葉に、雪国の春の喜びがこめられている。草履道も信州の方言ではない。山形県方言辞典に「鼻の下、草履道」が載っている。これは、鼻の下の口が乾く、つまり飯が食えない、暮らしが立たないの「しゃれ」である。



倉嶋厚 
(くらしま・あつし)
気象エッセイスト。1924年、長野市生まれ。1949年、中央気象台附属気象技術官養成所研究科(現、気象大学校)を卒業、気象庁に入り予報官となる。1984年、気象庁退職後はNHK解説委員となり、さまざまなニュース番組で「お天気博士」として親しまれる。現在はフリーの気象キャスター、エッセイストとして活躍中。
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