わたしの好きなお国ことば 豊竹咲大夫(人形浄瑠璃文楽座太夫)
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高校2年のとき、1958年


















1959年、赤平市での書道講習会



















1959年、赤平市での書道講習会


《写真提供:国立文楽劇場》



 大阪に生まれ育って六十年、「ホンマニ大阪は変わりましたナァ」
 昨年は十八年ぶりに阪神タイガースがリーグ優勝、新聞、TVを通じて、道頓堀川へのダイビングが報道されて話題になりました。
 昭和34年、ダイエーホークスの前身、南海ホークスが、宿敵巨人軍を倒して日本シリーズで優勝した時は、御堂筋パレードも粛々と行われ、道頓堀川へ飛び込むような人は見受けられませんでした。道頓堀周辺を取り巻く環境がすっかり変わり、老舗の店もすっかり様変わりして、新しい店が誕生し、街全体が若者中心に変化していった結果、エネルギーの発散場所が川へのダイビングとなったのでしょうか。大阪人としてはあまり喜ばしい光景ではありません。
 一方、私の仕事の場、文楽が能楽に次いでユネスコの世界無形遺産に登録されました。 後世、文楽が世界無形遺産になったのはいつかと聞かれた時は、阪神タイガースが十八年ぶりに優勝した年ですと、すぐに答えが浮かぶことでしょう。
 関西は関東と違い、ストレートに、はっきりものを言うことは少ないようです。他人様に物ごとを頼む時にも「せいてせかんのですが」と、実にあいまいな言い方をします。では急がないのかと思えばそうではなくて、後まわしにしていると、すぐに催促が来るという有様です。全国的によく知られている「もうかりまっか」「ぼつぼつでんナァ」もしかりです。直情的に言わないのが特徴でしょうか。
 私の好きな言葉に「はんなり」という関西弁があります。以前担当したラジオ番組では「咲大夫のはんなりトーク」、また新聞連載では「咲大夫のはんなりサロン」と、この「はんなり」を使いました。共通語に直すのは大変ニュアンスがむずかしいところですが、華やかで、色気があって、三味線に例えれば、音ではなくて、音色が良いということになりましょうか。太夫の声をはんなりした声とは言いません。他にも、はんなりしたお座敷とか、はんなりとした女の人とかにも用います。
 私自身、お世辞に大変うまい義太夫です、などと言われてもうれしくもありませんが、実にはんなりした舞台でした、と言われたりしますと、思わずうれしくなってしまいます。また、「まったり」という言葉も好きです。この言葉は、関西風のお料理を頂いた時などに、「まったりとしたお味」と言ったりします。この「まったり」も共通語に表わしにくい言葉です。
 大阪は、市内に住居を構える方が少なくなり、仕事が終わると郊外へと家路につかれてしまうためか、文楽を始め興行界全体、夜の部の公演は集客力が落ちているのが現状です。昼のランチタイムに奥様方がお食事に集まられるのと同様、昼の部の観客数はあり、一般的には女性方が多い中で、文楽は唯一、男性客の多い日本の芸能だと思っています。
 大阪の街全体が変化することによって、文楽のこれからの盛衰がかかっている、といっても過言ではないでしょう。


豊竹咲大夫
(とよたけ・さきたゆう)
人形浄瑠璃文楽座太夫。1944年、大阪市生まれ。本名、生田陽三。53年、9歳で豊竹山城少掾(しょうじょう)に入門。昨年、舞台生活50周年を迎えた。テレビ・ラジオでの活躍や、歌舞伎の坂東玉三郎との競演など、幅広い活動を続けている。99年、芸術選奨文部大臣賞受賞。父は、八世竹本綱大夫。著書に『咲大夫まかり通る』がある。
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