わたしの好きなお国ことば 三浦佑之(千葉大学文学部教授)
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昭和38年。40年前の故郷































平成15年。83歳の母。


 生まれは三重県一志郡美杉村丹生俣(にゅうのまた)、それでは見当もつかないという方のために説明すれば、本居宣長と牛肉で有名な松阪市からJR名松線で西に約1時間ほど走ると美杉村で、隣は奈良県宇陀郡御杖村である。わが故郷の集落は、名松線の終点「伊勢奥津」駅から峠をひとつ越えたところにあり、今は母がひとりで暮らしている。
 来年の正月から美杉村は合併によって津市に編入されるとのことだが、もし実現しても、そこが「市」だとはだれも信じそうにない山奥の集落である。そこで中学校を卒業するまで過ごし、高校3年間は津市で下宿生活を送り、高校卒業とともに東京に出てきた。今はたまにしか帰郷しないし、お国ことばもすっかり忘れているが、電話で母の相手をしたり、名古屋で新幹線から近鉄特急に乗り換え、車内で女性販売員の売り声を聞いたりすると、途端にこちらのアクセントがあやしくなる。
 小さい頃から話していたのは伊勢弁の一種で、アクセントは関西系、語尾はやわらかい感じで「〜やなあ」となる。特徴的な語彙をあげると、手袋は「はく」と言い、借りてくるは「かってくる」、買ってくるは「こうてくる」と言うが、これは、伊勢弁にかぎらず西のほうではめずらしくないだろう。
 戦後すぐの生まれである私などが子どもの頃は、まだまだ方言は健在であったと思うが、それでも親の世代のことばとはずいぶん違っていた。ことに、外の世界との接触が少ない母親のことばには、古めかしい単語や言い回しがいろいろと混じるのである。
 母は大正9(1920)年生まれの84歳で、生まれも育ちも美杉村だが、たとえば、「いましおいでなした」(今ちょうどお越しになった)というような言い方を日常的に用いる。意味はわかるのだが、戦後生まれの私には「いまし」というのは奇妙な言い回しで、自分で使うことはなかった。
 古語が好きな方ならわかるだろうが、「いまし」の「し」は強意の副助詞、古典文学ではごくふつうのことばだということを、高校に入学して古文を読むようになって知った。ちなみに、『万葉集』や『土左日記』などの用例を引く『日本国語大辞典』(旧版)には、「いまし」は三重県志摩郡や奈良県宇陀郡の方言だと記されている。
 また、これも私の世代ではすでに消えていたが、母は、「夜」のことを「よさり(よーさり)」と言う。「よさり」は「よ(夜)+さり(去)」で、「さり」は「来る」という意味の古語「さる」の連用形名詞化である。同じく『日本国語大辞典』には『竹取物語』や『伊勢物語』などの用例が引かれ、方言としては仙台から九州まで広範囲に分布することが紹介されている。
 26歳の年齢差しかない母と私だが、母のことばはずいぶん古風な感じがする。そして、今も母が使う「今し」や「夜さり」ということばを聞くたびに、現在では否定的な評価しか聞かない「方言周圏説」(柳田国男)だが、あたっているのではないかと思ってしまうのである。ただし、その母もカタツムリはデンデンムシであった。


三浦佑之
(みうら・すけゆき)
1946年、三重県一志郡生まれ。共立女子短期大学を経て、現在千葉大学文学部教授。古代文学、伝承文学専攻。古老の語りというスタイルをとる『口語訳 古事記』(文藝春秋、2002年)がベストセラーとなり、第 1 回角川財団学芸賞を受賞。ほかに『浦島太郎の文学史』(五柳書院、1989年)、『万葉びとの「家族」誌』(講談社、1996年)『神話と歴史叙述』(若草書房、1998年)『古事記講義』(文藝春秋、2003年)など著書多数。自身の研究内容を幅広く公開するためにホームページ「神話と昔話−三浦佑之宣伝版−」( http://homepage1.nifty.com/miuras-tiger/ )を運営する。
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