わたしの好きなお国ことば 嶋岡 晨(詩人)
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昭和38年。40年前の故郷





 おなじ土佐方言でも、西の幡多(はた)郡は独特で「行っちきち戻(も)んちきち」(「ち」は「て」に相当)などと言い、アクセントがなぜか関東に近い。また北の山間部と南の沿岸部とでは、微妙な違いがある。用心しなくては・・・・・。
 高岡郡窪川町志和(しわ)で、わたしは生まれた。しかし窪川町の主部は、JR駅を抱える標高200〜300mの台地にあり、そこから急傾斜で海岸に降りた所、半農半漁の小村落が志和である。方言もまた、少し違っている。
 父の養家は潰(つぶ)れ消えうせ、母の実家(下村家、農業)がある志和で、わたしは幼少期からよく過ごした。小学二年の年と、個人疎開した昭和二十年に、まるまる各一年を過ごしたが、他の春、夏、冬の休暇期にも、行って滞在した。しぜん、鎌や鍬の扱える年ごろには、若い叔父・叔母らと田畑に出るわけだが、わたしは農作業が嫌で、怠けて、ヤマモモの木に登ったり、少年雑誌を読んだりしていた。
 「あきら(わたしの本名)は、ゴクドウじゃ」と叔父たちに評された。ヤクザ者を指す極道ではなく、怠け者の意。そのうち、道ばたの裸馬に乗ってふり落とされたり、荒れた海へ一人泳ぎに行って溺れかけたりし、
 「あきらは、テンポながァや」と評された。「てんぽ」は、歌舞伎などに残る表現として『広辞苑』にも出ている。無謀な、危険なことを不意にしでかす、との意味らしい。しかし、ゴクドウやテンポを、広く土佐方言としていいか。志和方言にすぎないのでは・・・・・という迷いもある。
 歌舞伎・浄瑠璃に伝わる古語が、「へんしも」(「片時も」早く、大急ぎで)のような土佐方言になった例は、少なくない。あるいは、宗教的思考を反映した、「みてる(死ぬ)」というのもある。「父が昨夜みてまして」のように使い、神仏から授かった一定の命数が満ちはてる、との意を含む。テンポは、あるいは「伝法(でんぽう)」(大胆で乱暴な言動)の転訛かも知れないが、伝法肌、いさみはだ、の小粋さはない。歌舞伎脚本「傾城壬生(けいせいみぶ)大念仏」の中には、「てんぽ酒」の語がある。いわばヤケ酒、やたら酒をあおり飲むこととか。西鶴の浮世草子、「日本永代蔵」では、「えい、ままよ」と運に身を任せる意で、「てんぽ」が使われた。
 「ゴクドウ」という方言は、どうも、悪ずれした語感が気になるが、「テンポ」は歯切れもよく、おもしろい。ときおりわたしは戯れに俳句をひねる。俳号を「点歩」とした。いくつになっても、ことあるごとに〈危険な株〉を買いたがる自分の、もって生まれた性癖を、だじゃれた。自戒ではない。
 詩の世界でも、人をハラハラさせる冒険がしたい。が、いっぽうに依然、ゴクドウの性(さが)が残っている。いい思いつきの新しい仕事をせっかく見つけても、怠けて、つづかない。すぐ投げ出す。われながら救いがたい。


嶋岡 晨
(しまおか・しん)
詩人。1932年、高知県生まれ。明治大学仏文科卒業。53年、詩誌「貘(ばく)」を創刊。訳詩、評論、史伝など幅広く執筆。立正大学文学部教授にいたる教職歴は長い。詩集に『永久運動』(岡本弥太賞受賞)『乾杯』(小熊秀雄賞受賞)『カウント・ダウン』その他がある。
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