わたしの好きなお国ことば 渡辺えり子(女優)
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3歳の時







8〜9歳の時







中学生の時








今後の公演予定


 日本にはもともと男言葉と女言葉という使い分けはなく、明治時代になってから山の手の女言葉というものが発案されて広められたのだと聞く。
 山形の方言は明治以前の、もともとの日本の言葉のなごりが強く、男言葉と女言葉の使い分けはなく、敬語らしい敬語もなかった。私が東京に出てくる18歳まではみんな男も女も自分のことを「おれ」と言った。今でも母や叔母は「おれ」と普通に言う。東京に出てきて、自分のことを「私」「あたし」というのが非常に恥ずかしく、こんなことなら喋らない方がマシだと、何度となく思ったものだった。最近若い女の子が男言葉を喋るのが流行っているようだが、山形では普通のことだったので、目くじらを立てる大人を見て、苦笑してしまう。東京で言う乱暴な言葉を、帰郷すれば私も自然に使っているからである。
 「おれはごしゃいでんだず、やがますいがらあっちゃんげず」これは「私は腹を立てているので、うるさく言わずに向こうに行ってて下さい」という意味である。山形弁は短い言葉をニュアンスを変えて喋る場合が多く、激しく言うか静かに言うかで、かなり意味合いが違ってくる。「どさ?」「湯さ。」これも有名な山形弁を象徴する言葉と言われてきた。「どこに行かれるのですか?」「お風呂に行ってきます。」東京弁の10分の1の長さである。
 私が好きな方言に「こちょびたい」というのがある。「くすぐったい」という意味だが、くすぐったいよりも私にはリアリティーがある。「くすぐる」は「こちょばす」で、こちょこちょした指の動きまで伝わってくる。くすぐるだと、あんまり、触られたという肌合いの印象がなく、冷たい感じがする。水などが体にかかって冷たい時、「やばつい」と言う。これも水滴がかかってきた現象まで表現された見事な言葉だと思う。「冷たい」だと何が冷たいのか良く分からない。雪が肩に降ってきた時は「やばつい」とは言わない。水の時だけだ。
 唯一の敬語とも言える「けらっしゃい」これも好きな方言だ。山道を歩いて、やっと親戚の家に着く。辺りは暗くなり始め、お腹もすいて、ひどくくたびれた。ガラガラと戸を開け「お晩です。」と声を掛ける。すると親戚のオバサンが出てきて「はやぐあがてけらっしゃい。ゆっくり休んでけらっしゃい。」ともてなしてくれる。そして手料理を出してくれて「あがてけらっしゃい」と勧めてくれるのだ。「あがてけらっしゃい」は「さあさあ、召し上がって下さい」という意味である。最初の「あがてけらっしゃい」は「玄関から中に入ってください」の意味である。この「けらっしゃい」という言葉を使うときは、どんな人でも優しく柔らかい表情になる。東京弁の「良くいらっしゃいました。」「お待ちしていましたよ。」よりもずっと暖かい言葉に思えるのである。普段はぶっきらぼうで不器用な山形人でも、「けらっしゃい」というときには、丁寧で、繊細な、相手を思いやる暖かさが滲み出る。この言葉を思い出すと、山形に帰りたくなる。


渡辺えり子
(わたなべ・えりこ)
山形県出身。舞台芸術学院、青俳演出部を経て、1978年「劇団3○○」を結成、20年間主宰した。劇作家、演出家、女優として、また歌手として舞台、マスコミのジャンルを問わず活躍中。2001年、演劇の枠組みにとらわれない自由な表現を求めて、ユニット「宇宙堂」を旗揚げ。新人育成のため、2003年より劇団に改めた。83年「ゲゲゲのげ〜逢魔が時に揺れるブランコ」にて第27回岸田戯曲賞、87年「瞼の女〜まだ見ぬ海からの手紙」で第22回紀伊国屋演劇賞、91年NHKのドラマ「音・静かの海に眠れ」の脚本にプラハ国際テレビ祭グランプリをそれぞれ受賞。96年、映画「Shall we ダンス?」にて日本アカデミー賞最優秀助演女優賞、報知映画賞助演女優賞を受賞。エッセイ集に「えり子の冒険」「思い入れ歌謡劇場」などがある。
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