わたしの好きなお国ことば 桂 文福(落語家)
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上方落語界の「エンカイティナー」



















故郷和歌山県の北部を東西に流れる紀ノ川







 一応、私めが会長をつとめ、「和歌山出身芸能県人会」の有志12人で、結成したグループ、その名も「ワ!!つれもていこら〜ズ」。
 大阪の日陰になったり、岡山と間違えられたりすることの多い和歌山の応援歌「和歌山ラブソング21」を2001年に日本クラウンから全国発売しました。このグループ名にもあるように「つれもていこら」は、紀州和歌山を代表する方言です。意味は「一緒に行きましょう」、英語なら「レッツゴーザトゥゲザー」。大阪の某放送局のアナウンサーが、和歌山出身で、巨人−阪神戦の実況で「出たー小久保ツーランホームラン、ランナー二人つれもてホームイン」とやったとか。普段、共通語を使うアナウンサーでも興奮すると出てしまうぐらい「つれもていこら」は根づいています。前出の「ワ!!つれもていこら〜ズ」も最初は、「ザ・つれもて〜〜」だったのですが、皆、発音する時は、「ダ・つれもて〜」となります。そう、和歌山の人は、ザとダの区別がつかないというより、ザ行がないのです。ぜんざいはデンダイ、象はドウ、全部で三千円は、デンブでサンデンエン。若い頃、ラジオのDJをしていて「山口百恵さんの絶体絶命」とやるのを「デッタイデツメイ」といって中々曲が、かからなかった事もありました。和歌山市から、大阪なんばへ向かう南海電車の特急はサザン(南十字星)、車掌さんが「この電車は、特急の、サダン、デンセキダセキシテイ(全席座席指定)です」トホホー。そんなわけで、ザとダがややこしいので、「ワッつれもて〜」にしました。まあこの「ワ」は和歌山の和、平和の和、友達の輪にも、通じます。私が拝命している和歌山県観光大使の名刺にも、世界遺産になりました熊野古道や高野山、名湯、白浜や勝浦の写真と共に「わ!!が山ほど和歌山県」とコピーにあります。わ!!とおどろく所がたくさんという事で「わ!!が山(わかやま)」となるのでしょう。
 さて私は1971年の秋に、師匠五代目桂文枝(当時三代目桂小文枝)の門をたたきました。その時の第一声が、「おいやん!!弟子にしてけえ、わえおまんのファンやしよ、落語ておもしゃいわ、弟子にしてくれなあかなしてよ」。師匠が私の顔を見て一言「いね!!」(帰れ!!)。でも後で誤解が、とけました。「おいやん」は、おじさんの意味ですが、和歌山では、相手の立場や職業に関係なく子供は気軽に「おいやん」と呼ぶと「なんなー」と答えてくれるのです。でも、あの時私は18才でサラリーマンでしたからこらあかないしょ(だめですね)。
 有吉佐和子先生の名作「紀の川」や「華岡清洲の妻」には「ええ天気やしてのし」「紀の川ほどうつくし川はございませんよし」等、やさしい語尾の方言がでて来ますが、その言い方は私の祖母ぐらいまででしたね。「早う、風呂に入っていただかしてよ(入って下さいね)等もなつかしくおぼえています。たまに紀の川平野の柳源郷のふるさとへ帰ると「又、おいな〜よ」(いらっしゃい)とみんなに言われます。残しておきたい言葉です。


桂 文福氏 桂 文福
(かつら ぶんぶく)
落語家。昭和28年、和歌山県那賀郡桃山町生まれ。五代目桂文枝に入門。大相撲評論家としてラジオ、相撲誌、新聞等でも活躍。東西700人の落語界で、唯一の河内音頭取りで相撲甚句の芸とあわせて「エンカイティナー」の異名あり。(有)文福らくごプロモーション代表。 (社)上方落語協会理事。和歌山出身芸能県人会会長。全国市町村での「ふるさと寄席、文福一座」座長。和歌山県文化奨励賞、日本「放送演芸大賞」ホープ賞等受賞。著書は「桂文福のふるさと落語紀行」(浪連社)など。(有)文福らくごプロモーションのホームページ「文福部屋」のURLは、http://www.katsurabunbuku.com/
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