わたしの好きなお国ことば 土屋博映(国語学者)
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小学生の時 亡き母と









やはり小学生の時 自宅の庭で雪かき









中学生の時は陸上部に所属






 僕は、戦後間もない昭和24年、群馬県甘楽(かんら)郡南牧(なんもく)村という大変な田舎に生れた。周りは植林により杉林が密林化し、スギ花粉の大生息地。だからスギ花粉には滅法強い。また日航機の墜落現場としても知られる上野村の隣村でもある。今は下仁田町に合併されたが、それは名目上で、田舎は田舎。最近は猿が我が家の屋根で柿など食べたりする。
 群馬で有名なのは、もちろん「だんべえ」であり、「だんべえ餅」なるものまで売られている。我が故郷でも、日常使う。お隣の長野県との県境に「だんべえとずらの国境」という看板があったとか。しかし、それはあまりに有名なので、ここではとりあげない。
 一つ目の方言は、「おおごと」。これは、僕が幼少時体が弱く、今は亡き母は、僕が熱を出して臥せっていると、「おおごとだねえ」と言って、看病してくれたものだ。「おおごと」は2番目の「お」を高いアクセントで使う。この言葉を思い出すと、いつも発熱でけだるい病弱な自分、そして優しい母の面影と、夜中、水枕の冷たい水を汲みに行ってくれた父を思い出す。そのとき食べたおかゆをおゆで増量したおもゆや、砂糖いりの甘ったるいヤギ乳までも。「おおごと」は多分、「大事」であり、病気でつらい、という意味であった。
  次に、「めぐす」という言葉、これは「車を向こうの空き地でめぐしてくる」などと使う。上京し大学生となり、囲碁部で活躍していた僕。ある日、先輩が車で、部室の前の狭い道にやってきた。そこで「先輩、あの向こうでめぐしてくるといいですよ」と言ったら、「おまえ、それ、方言だ」と笑われてしまい、いたく恥ずかしい思いをした。共通語では「まわす」ということをその時知った。しかし、実は「めぐす」は「めぐる」という自動詞の他動詞形であり、立派な日本語としての存在である。恥ずかしく思う必要はなかったのだ。
 三つ目は「こない」ことを「きない」という、正しくは(?)「きねえ」だ。「あいつ、きねえなあ」と使う。これは結構群馬弁では「だんべえ」同様、メジャーな言葉。世の人はそれを笑うが、実はカ行変格活用の未然形「こ」が「き」に変った、つまり未来の活用なのである。いずれ、おそらく200年後には滅びる運命のカ変を先んじて改めた群馬県はなんとすばらしい人たちの集まりなんだろうかと、一人悦にいっている自分である。
 最後に超マイナーな言葉。「さりき(さらけ)おちる」。これは、「崖からさりきおちる」などと使う。それを使ったら川一つ隔てた隣村の、同級生(女の子)が、「それ、おかしい」と言っていつまでも笑い続けたのを、昨日のことのように覚えている。中学生になりたてで異性に関心を持ち始めた頃、ちょっと好意を抱いていた彼女の突然の大笑いに、なんとも言えない複雑な気持ちになったのを思い出す。なつかしいあの頃。「さりきおちる」の「さりき」が強調語で、激しく落ちるという意味。それは僕の村だけが使う超マイナーな言葉だった。


土屋博映氏 土屋博映
(つちや・ひろえい)
国語学者。昭和24年、群馬県生まれ。東京教育大学大学院修士課程修了。現在、跡見学園女子大学教授、並びに、代々木ゼミナール講師。「古文の土屋」として、長年にわたり全国の大学受験生に圧倒的な人気を誇る。著書、「土屋の古文単語222」「土屋の古文100」「奥の細道が面白いほどわかる本」など多数。「全文全訳古語辞典」(小学館)の編集委員もつとめる。
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