わたしの好きなお国ことば 葛西 聖司
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 小泉総理の演説で脚光を浴びた「米百俵」は山本有三の戯曲である。愚劇だ、時代錯誤だ、など批判もあるが、第二次大戦中に筆を執ったことを考えれば時代への警句を含んだ名作というべきだろう。
 物語は新潟長岡藩が舞台、時は明治維新、つまり幕藩体制崩壊後の混乱期。それまでの武家社会が消失し、大量失業時代を迎えていた。勝ち組負け組に分かれ、薩長は勝ち組、旧幕軍つまり徳川家に加担した藩は負け組。長岡藩も冷飯を食うことになった。
 となると、当然給料は未払い。殿様でさえその日の暮らしが立ち行かなくなり、家臣の窮乏生活はどん底まで落ち込んだ。舞台はそんな旧藩士のある家から始まる。妻は内職、夫は屋根の雨漏り修理。友人と飲む酒の肴は卵焼きという名の沢庵。落語の「長屋の花見」そのままだ。そんな折、藩主のもとに分家の隣藩から米が百俵も届いたというニュースが伝わる。それを家臣に分配すれば、少しはこの貧しさに耐えられると誰しも思う。やっと一息つけると。しかし家老にあたる大参事、小林虎三郎は一切、分配しないという。それを元手に学校を建設しようと発議。それが臣下の怒りを買う。

 
 
 
  次の場面は虎三郎のもとに不満藩士が集まり、ただちに米を分配せよ、さもなくば斬ると、畳に刀を突き立てての強談判で詰め寄る。虎三郎は病み衰えた学者だ。弱弱しく寝床にはいると、武士たちは怒りを募らせ刺し殺そうとまでする。すると虎三郎は言い分を聞き理が通るならば分配しようと譲歩する。家臣たちは、貧しさから盗みをしたと町人に疑われ身体検査までされ辱めを受けた娘の話や、足軽たちの悲惨窮まる生活を語る。虎三郎は話に涙を流し同情したものの、だからこそあえて学校が必要と語り、皆の激怒に晒される。
 そこで虎三郎は、家中の武士全員と家族に米百俵を分配しても、三日で食いつぶす、だが学校は末永く残ると語り、一本の軸を床の間に掛ける。そこにはこう書いてある。
 「常在戦場」 常に戦場にあり、と。
 長岡藩が代々伝える家訓である。常に戦の場にあると思えば、食えないことも我慢できるはずだ。何もなくても、耐えることができるはずだろうと諭す。そのひとことで、集団で押しかけた侍たちは落涙し、屈服する。
 そんなやりとりがその夜一晩の物語である。原作では夜明けを迎え「ほう、きょうはいい天気だのう」という虎三郎の述懐で終わる。昭和18年初演した井上正夫の録音ではその直前のセリフ「ほう、夜が明けたと見える。七蔵。戸をあけてくれ」で幕になる。しかし、わたしが見た中村吉右衛門の舞台では、戸をあけた後、こう締めくくった。
 「長い夜が明けたのう」
 このセリフは演出の戌井市郎が改訂したのだが、吉右衛門の抑えた調子の良さとあいまって、いい幕切れになっていた。実に長い夜、しかも命を賭しての対決だった。多くの藩士ががっくりと肩を落とし自分たちの目先の飢えだけを考えた行為を恥じる。ある者が、抜いた刀の納めようがなく、廊下に吊るされた蛍籠に斬りかかる。飛び放たれる蛍。青白い光が明滅しながら飛び去ってゆく。緊迫した空気がゆるむ一瞬だ。そして雨戸から差し込む朝日。こうした光の演出も手伝って先のセリフが生きてくる。
 「食べてしまえば百俵の米にしか過ぎないが、これをもとに生かせば、一万俵、百万俵にもなるのだ」というセリフもきかせどころだ。
 このように、歴史的な事実として長岡には国漢学校が設立される。のちの旧制長岡中学である。そこから多くの学者、文化人、政治家が育つ。まさに旧長岡藩は近代国家の中枢を担う人材を米百俵を元手に育成し輩出したのである。
 「人は石垣 人は城」という民謡の武田節と同様、人材は国の宝という考えを貫いた小林虎三郎の生き方は先見の明のお手本だ。

 
 
 

 「米百俵」を見て思い出したのは、ネルソン・マンデラのことばだ。南アフリカの黒人解放運動の指導者は、かつてこういった。
 「武器を捨てて、学校へ行こう」
 無益な殺戮や報復の戦闘を止め、平等に教育を受ける権利を獲得し、青少年の健全な教育に力を注ごうと呼びかけた。これは、まさに現代の小林虎三郎である。その対極の存在がアフガニスタンのゲリラ組織だ。紛争の連続が10年以上。こどもたちが知っているのは文字ではなく暴力。手に持つのは鉛筆や本ではなく武器。こんな少年時代を過ごしていいのだろうか。女性たちはベールで顔を隠し、教育を受ける権利もない。彼女たち曰く、
 「わたしたちのベールのかげには、涙が流れています」と。
 教育を受ける権利が当たり前の日本では、考えも及ばない暮らしだ。文字が読み書きできれば、もっと平和とはなにかを知ることができるだろう。宗教が他人の命を奪うことを決して許していないこともわかるはずだ。
 イスラム教、キリスト教、仏教、ヒンドゥー教という、歴史を重ねてきた宗教が、なぜ多くの人の信仰を集めてきたか。それは人命を軽軽しく奪う邪宗では断じてなかったことの証拠ではないか。
 学校で文字を学び、真のことばの意味を知り、本を読み、内容を理解すれば、ただ泣いたり恨んだり憎しみを抱いたりだけの暮らしはみじめであることがわかるはずだ。
 あえて、今だから学校が必要だということを「米百俵」で再確認することができる。
 アフガン紛争時、反体制指導者マスードを撮り続けたジャーナリスト、長倉洋海の写真集で美しい戦場をみた。それは血みどろ、涙、殺戮、犠牲、銃弾、武器、破壊といったマイナスイメージとかけ離れた平和な風景なのだ。荒涼とした砂漠ではなく、緑滴るオアシスで戦士が一輪の花を手に安らいでいる作品だ。常に戦場にある人も、真に平和を願い愛することができるという証拠だ。教育、学問、教養、知識…・・その中に世界平和への道と答えがあると思う。
 国連など国際平和組織がアフガニスタンに学校を建設し、性別や年齢に関係なく誰でも学べる環境を作れないものだろうか。
 長い長い暗黒の夜の果てに。


葛西聖司さん 葛西 聖司 
(かさい・せいじ)
1951年、東京生まれ。中央大学法学部卒業とともにNHKに。現在、NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍中。日本演劇協会会員。義太夫協会会員。著書に「名セリフの力─日本語をきたえる76のことば─」(展望社)「能の匠たち」(小学館)など。
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