わたしの好きなお国ことば 葛西 聖司
  【第3回】  まだ世間に穢れていない、あいつだけは騙せねえ →バックナンバーに戻る

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 毎週月曜夜、ラジオで「疑問の館」というクイズ番組を担当している。カーラジオで聴く人も多いようだが、そんなひとりから手紙をいただいた。トラックを運転していて番組が終わる9時半頃は、毎晩銀座4丁目の交差点あたりを走っているとある。そのトラック人生は一年を越えたところ。実は三宅島から本土に避難している人からだった。最後にこんな短歌が添えてあった。
 ハンドル握り 毎夜楽しむ 銀座のネオン
    負けてはいまい 島の星空
 初めての都会暮らし、島内とは違う渋滞の道路での仕事。とまどいと不安の連続。そんな暮らしから送ってくれた短歌には、島に帰りたいという切実な願いが溢れ、胸を打つ。
 わたしは昭和58年の三宅島噴火の直後、慰問のため、歌と演芸の公開番組の司会で島を訪ねたことがある。時期は避難した住民全員が帰島でき、ようやく落ち着きかけた頃のこと。噴火や地震で住宅や特産のくさや加工場を失った人が多かった。その折、三宅の語源が「御焼け」と聞き、地名で災害の歴史を知った。そんな、災いがいつ襲うかもわからない島にどうして戻るのかと尋ね、
 「生まれ育ったふるさとですからねえ」とこたえられたとき、物知らずのわが身の不明を恥じた。他人からどう見えても故郷は故郷。かけがえのないものなのだ。
 この手紙の主も、噴石に埋もれた島ではなく、銀座のネオンよりはるかに美しく星の煌めくふるさとを思い出しているのだった。

 
 
   
 そんな思いをした翌日、「たぬき」という芝居を見た。大仏次郎の書いた喜劇である。コレラで死んだはずの資産家の男が、焼き場で生き返り、家族に蘇生を隠して第二の人生を楽しもうとする物語。早桶からにゅうっと足が出るところから笑いが起きる。最初は自分が死んで葬式まで出されていることにびっくりし、困惑するが、ふと考えがかわる。周囲の人にはその穏やかな人柄が好かれていた男だが、冷たい家付き娘の細君には蘇生を知らせず、若い女性と暮らし、もうひとつ別の人生を歩もうと決心。ただひとりの目撃者である焼き場の老人を買収し、意気込んで妾宅へむかう。ところが相思相愛だと思っていた相手は旦那が死んだのを幸い、今頃、旦那は灰になっていると堂々と不倫? そこに出現した男を見て、女はたぬきがいたずらをしにきたと思い卒倒する。客席は笑いの連続。たしかに喜劇なのだが、わたしはなんとなく男の気持ちになって沈んできた。男にはもう行く場所がないのだ。つい身をいれて見てしまった。
 そして二年後。男は名前を変えて別の人物として生き、商売も成功する。昔の恋人や知人に会っても赤の他人の振りが出来るくらいにまでドライな男にかわってしまった。まさに、押しも押されぬ大だぬきになって生き抜いている。しかし幕切れ大きな変化が男に訪れる。自分が少年時代遊んだ寺の境内で実の息子とすれ違うのだ。あれから二年経っているが、まだ幼い少年だ。この子は男を見て「あっ、ちゃっちゃんだ。ちゃっちゃんが帰ってきたんだ」と叫ぶ。付き添う乳母か使用人風の女が、この坊やは父親の死を知らず、遠くに行っていると信じ、人まちがいしているのだと男に詫び、そのまま去ってゆく。子供は「ちゃっちゃんだ」を繰り返し、声だけが舞台に尾を引く。男は息子とことばを交わさず、ただ目を合わせただけだ。呆然と立ち上がって、二人を見送る。そしてひとこと、
 「まだ世間というものに穢れていない、あいつだけは騙せねえ」といって、冷たい嫁の元には帰りたくないのだが、子供のために家に帰る決心をするところで幕になる。つまり、みずからたぬきの化けの皮をはがそうとするのである。
 人間不信と騙し騙されの人生から、邪気のない少年の叫びで目がさめるということだ。 
 実はそんなに大切な息子はここまで一度も登場しない。もっと幼い存在であることがセリフでわかるにすぎない。この子役はわずか二、三分の出番だが効果的だ。

 
 
 

 わたしは、この芝居を見て、冒頭、投書にあった島の星空とこの少年は同じだと思った。ふるさとと人間とは違うといわれるかもしれないが、人の心を支える存在は一緒だ。芝居の場面は寺の境内。少年時代の思い出の場所。ふるさとだ。人間不信で固く心を閉ざした男が久方ぶりに変わらぬ町の景色の中にはいって、少年時代の己が姿や自分の声を見聞きしたのかもしれない。幸せな時だったろう。そこに現れた息子。その子のこれからの人生も考えただろう。生活には困らない豊かさだが父親のいない子にするか、自分と同じような寺の境内での思い出を持てる子にするか。ふるさとの場所が男に人生の答えを教えてくれたように思うのだ。喜劇仕立ての趣向は冒頭だけで、あとは人間の心の風景を見せてくれるドラマといえよう。
 ここまで、いつの時代の物語か明かさなかったが、棺桶でなく早桶、恋人でなく妾宅と記してあったのがヒント。商家や芝居町、焼場が舞台になっている江戸の物語だ。しかし、いつの時代でも共通して伝わる人間ドラマであることがわかるので、あえて記さなかった。
 それにしても、喜劇といいながらあんまり笑えなかったと書いたが、わたしも主人公と同じような中年、世のしがらみにしっかりからみついたこの身が、もし一旦死んで蘇生したら、どんな人生を選択するかなあと、ふと思ってしまったからだ。そして、思いどおりにことが進まず、家に帰ることも出来なくなって、ああ自分だったらどうするのだろうと、どんどん主人公に寄り添ってしまったからなのだ。いや、べつに妾宅があるわけではないんですよっと。


葛西聖司さん 葛西 聖司 
(かさい・せいじ)
1951年、東京生まれ。中央大学法学部卒業とともにNHKに。現在、NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍中。日本演劇協会会員。義太夫協会会員。著書に「名セリフの力─日本語をきたえる76のことば─」(展望社)「能の匠たち」(小学館)など。
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