わたしの好きなお国ことば 葛西 聖司
  【第7回】  しがねえ姿の横綱の土俵入りでござんす →バックナンバーに戻る

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 鉄道趣味の人は全国に大勢いる。少年時代からのファンが根強い。模型を作ったり、時刻表を眺めたり、SLの写真を撮りに旅行したりとさまざまな楽しみ方をしている。そんなひとりの家をたずねた。大阪の豊能(とよの)町という郊外の住宅地だ。普通の住宅が並んでいる一軒。塀が白い角地の二階家。なんの変哲もない。門の入り口に「桜谷軽便鉄道」とある。よくみると、門扉の内側に線路が走っている。そこに幅1メートルもない列車がコトコト走ってくる。狭い運転席からはみでるように、その家の主人が運転しているのだ。
 鉄道好きが昂じて自分で乗って運転できるものを作ってしまったという。塀の内側、家屋の周囲をひとまわりできる。わたしも乗せてもらった。台所の裏手、庭の植え込み、座敷の景色を眺めながらのんびり走る。持ち主は電気関係の会社をリタイアした頃、奥さんを病気で亡くしてしまった。普通の男性なら二重のショックで意気消沈するところだが、手作り鉄道に生きがいを見つけた。人生の転機をまさに趣味で乗り切った人といえる。


 

 
 


 「一本刀土俵入(いっぽんがたなどひょういり)」という芝居。題名はご存じのかたが多いだろう。一本刀とは 長いドスを一本差しにしている人、つまり侠客商売の人間を指す。土俵入りは、相撲の世界。横綱をめざしていた駒形茂兵衛という相撲取りが、挫折して渡世人になる物語。大衆演劇でも上演されるが、長谷川伸のこの作品は歌舞伎で初演された。
 わたしの大好きな芝居で、筋がわかっていても必ずホロリとなる。序幕は取手(とりで)宿の安孫子(あびこ)屋という宿場女郎のいる旅籠屋だ。出世の見込みがないと巡業先からお払い箱になった取的(とりてき)、ふんどし担ぎの茂兵衛が空腹でふらふらになって登場。安孫子屋の二階から酒に酔いしれるお蔦(つた)が興味本位で声をかける。茂兵衛はもう一度、江戸の部屋に戻っておかみさんに頼み込み、やり直す決心を話す。それは夢があるからだ。田舎の駒形村に眠る母の墓前で横綱の土俵入りをする夢だ。そんなことばを聞いて酒にあけくれた生活をしていたお蔦はふるさとを思い出す。越中八尾(やつお)。おわら節の里だ。母が達者かどうかもわからない。便りもしていない。職人との間に私生児まで設けてしまった身の上だから。
 空腹の取的とすさんだ心の酌婦。束の間のやりとりで別れ、二度と出会うことのないふたりになるはずだった。ところが、利根川の渡しにむかう茂兵衛が一文無しであることにお蔦は気付く。酒に酔った勢いと少しの同情心から財布ごと銭を投げ与え、それでも足りないからと櫛、簪(かんざし)を渡す。二階からなので扱(しご)き帯に結いつけて降ろしてやる。固辞しながらも、茂兵衛は温情を受ける。帯の簪を握り、顔に当てて泣く。ここで観客もすすり上げる。お蔦の親切と茂兵衛の嬉しさがよくわかるからだ。礼をいいながら別れる相撲取り。それを見送る女はいつしか、ふるさとのおわら節を口ずさむ。舞台右手に銀杏の木。しみじみした秋の光景も印象的だ。


 
 
 
 


 これと対照的なのは大詰。あれから十年の月日。茂兵衛は颯爽とした旅人姿(たびにんすがた)であらわれる。長ドスの落し差しは格好いいが、結局、相撲の世界では大成できず、渡世人になりさがってしまった。かたや、お蔦は白粉の香りも消し、飴売り内職の堅気の女性になっている。里子に出した娘をひきとり、つましい暮らしを送っている。そこへ家出し死んだと思っていた職人の夫が帰ってくる。親子、夫婦の再会に喜ぶはずが、土産もなしで帰りにくかった夫は、途中でいかさま博打をしてしまい、追われる身の上。いまにも地元のやくざ者が殴りこんでくるという。そこに、割って入ったのが茂兵衛。はるばるお蔦をたずねてきて事情を察し、お蔦一家を逃がそうとする。しかし、お蔦は茂兵衛が誰かわからない。昔のご恩返しといって差し出された金包みも不審顔で受け取れない。そこへやくざの子分が飛びこんできた。茂兵衛は頭突きを食らわせる。その姿で「思い出した」とお蔦は叫ぶ。安孫子屋で出会った日、空腹で足元もおぼつかない相撲取りが、ならず者にからまれ、頭突きで対抗した姿が目に浮かんだのだ。
 茂兵衛としては、できれば思い出してほしくなかった。横綱になりそこねたばかりか、みんなから嫌われる渡世人になりさがってしまったからだ。
 結局、家の外で大勢のやくざたちを投げ飛ばし、静かになったところで、お蔦一家を呼び出し逃がしてやる。序幕と逆で、こんどは茂兵衛がお蔦を見送る形になる。そこでの名セリフ、
 「お蔦さん。これが十年前、櫛簪巾着(きんちゃく)ぐるみ意見をもらった姐さんに、せめて見てもらう駒形のしがねえ姿の横綱の土俵入りでござんす」
 こういって深々と頭を下げる。背後には夜桜の巨木が月光に浮かび、花吹雪がはらはらと落ちる。序幕の銀杏と対照的な美しい幕切れだ。ここで観客はまた泣く。もちろんわたしも。ただ、お涙頂戴の恩返しドラマと思ってもらっては困る。


 
 
 
 


 ふんどし担ぎ、酌婦、渡世人、飴売り。世の中の片隅で生きるふたり。お互いに痛みがわかる。そんな人たちはたくさんいるが、このふたりが人生で交錯するのは、たった二回。それも短時間。でも確実に心と心が交流する。「母の墓前で土俵入りがしたい」という男の夢に、自分もふるさとに帰りたいと一瞬思う女。しかし自分のかなわぬ夢のためにお蔦は金を投げ出した。
 茂兵衛も今の身を恥じながら「こんな女の人に初めて会った」と流した涙を忘れていない。空腹を満たし勇気を与えてくれたお蔦に、実現できなかった夢の代償としてせめて金だけでも渡したい。ただそれだけで探しに来た。こんどは自分ができなかった夢をお蔦夫婦の逃げ行く先、越中の山中に託したのだ。いわば夢のキャッチボールである。だからこそ自分の母の墓前で果たしたかった親孝行を、形をかえて「土俵入り」ということばを使い、相手に届かぬ声で搾り出したのだ。その男の思いに泣けるのである。
 銀杏と桜。黄色と薄紅。秋と春。見送り見送られる互い。散り行く葉と花のようにはかなく美しい邂逅(かいこう)である。


 
 
 

 あの鉄道おじさんは、今、さらに近所の宅地を求め、120メートルのレールで一周できる路線を作り、こどもたちに無料で乗せている。それはなぜなのか、たくさんの思い出の写真をみせてもらってわたしは納得した。亡くなった奥さんとのローカル線の旅の記録だった。妻を乗せて走っているのだ。あるいは奥さんに「おとうさん、そんなの作ってしまって、いいの? 本当に困った人」といわれたいために作り続けている。そんな気がしたのである。
 一本、一本レールを繋ぎ、手作りのさまざまな列車製造。これもまたひとつの「しがねえ土俵入り」なのかも知れない。

 


葛西聖司さん 葛西 聖司 
(かさい・せいじ)
1951年、東京生まれ。中央大学法学部卒業とともにNHKに。現在、NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍中。日本演劇協会会員。義太夫協会会員。著書に「名セリフの力─日本語をきたえる76のことば─」(展望社)「能の匠たち」(小学館)など。
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