わたしの好きなお国ことば 葛西 聖司
  【第13回】  話をしたいのに言葉が見つからない →バックナンバーに戻る

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 「あっ、紙芝居のおっちゃんや」大阪市内の公園で元気なこどもの声が響く。紙芝居屋さんが今でも活躍していた。お菓子を買ったこどもたちが座り込み、ぽかんと口を開けて紙芝居に集中している。クイズの時間になると「ハイハイ」と黄色い声。ゲーム閉じこもり症候群の子はここにはいない。
 この紙芝居師は71歳の杉浦貞(ただし)さん。戦後、北陸から大阪に出て就職。休みの日に天王寺公園でプロの街頭紙芝居を遠巻きに見ていた。いつのまにかその迫力に引き込まれたという。職業としての紙芝居。生半可な話芸や口調ではお金がもらえない。そんな真剣な紙芝居を見比べ、観察するのが杉浦さんの青春時代の楽しみだった。
 杉浦さん自身が紙芝居屋さんになったのは勤めていた染色会社が倒産したからだ。現役サラリーマン時代、ボランティアの紙芝居教室に通ったことがある。しかし、そこで演じられているのは紙芝居ではないと思った。あの天王寺公園で感じた迫力がなかったこと。そして絵そのものも印刷されたいわばバラバラの絵本のようだからという。本来の紙芝居は手描きで遠くからみても内容がわかり、口調次第で展開の工夫ができるものだったとか。
 「ホンマもんやない」という不満が、倒産で何の仕事をしようかと岐路に立った時、紙芝居を思いつかせた。さまざまな技術免許や資格を持っていたにもかかわらず就職活動をしなかった。そして家族に内緒で自転車の荷台に紙芝居道具一式を揃えた。近所では見つかってしまうので遠くの町まで出かけ、念願の公園デビューを果たす。ところが近所の人のご注進で家族の知るところとなる。


 「恥ずかしいのでとにかく止めて欲しかった」という奥さん。しかし杉浦さんは頑固者。高校生の息子たちの学費も捻出できない。奥さんはパート勤めをしながらいずれは音を上げるだろうとたかをくくっていた。
 杉浦さんには自信があった。細々とだが仕事は順調だった。ところが冬。それも雪の公園には誰も来ない。来ないとわかっていても定期的に公園を回るのがこどもたちの信用を失わないための日課。とはいえ足取りは重い。そんなときある公園でひとり待っていた。小学2,3年の顔見知りの男の子だ。ちょっとはにかみながらもこういった。
 「おっちゃん。きっと来るやろう思うて、待ってたんやで。お菓子おくれ」
 「そうか、天かすせんべいやったな」
 薄焼きの丸せんべいにソースを塗って、天かすをのせれば出来上がり。水あめとともに定番の人気メニューだ。少年は50円玉を杉浦さんに手渡して、さらにこういった。
 「おっちゃん、食べていけてんのんか?」
 杉浦さんはドキッとした。こんな商売もうやっていけないと思っていた矢先だったから、この言葉はこたえた。心を読まれたからだ。そして気付いた。この子は、お菓子が食べたくて待っていたんじゃないと。どの公園にもこどもがいない雪の日、収入がまったくないことを知って、50円を持ってきたのだと杉浦さんは悟った。
 「こども、こどもと思ってばかにしたらいけないね。こどもは大人の気持ち見抜いてますよ」
 それから杉浦さんは変わった。紙芝居をやめたのではなく、続けながらこどもと真剣に向き合うようになった。猫なで声を出さない。小さい子をいたわるように年長の子に指導する。お菓子の順番を守らない子はきつく叱る。服装や髪型が乱れて来た子にはそれとなく話しかける。50円の値段は25年間変わらない。そのお金のやりとりを通じてこどもを見続けてきた。
 子供を見れば家庭が、家族が見えてくるという。家庭的にすさんだ子ほど話し相手として杉浦さんとの接触を求めるという。学校の教師や友達とも違う関係を紙芝居のおっちゃんに求めたのだろうか。
 杉浦さんの心を読んだこどもも寂しい家庭環境の少年だという。10歳にも満たない少年があんなセリフをはけるのは人の心を見る力がいやおうなく身についていたからだと後になってわかった。いわば苦労したぶんだけ人間としてのやさしさを持ったこどもというべきだろうか。


 劇団四季のミュージカル『赤毛のアン』で大好きなナンバーがある。有名な「アイスクリーム」や「夏はどこへ」ではない。『言葉』というバラードだ。主人公のアンではなく、やさしいおじさんマシューときびしいおばさんマリラが別々に歌う。
 「言葉 言葉 言葉 話をしたいのに 言葉が見つからない・・・・ああ あの子にこの気持ちを 何にも話せない 言葉が見つからない」(訳・岩谷時子)と胸のうちを表現できないもどかしさをマシューは訴える。それはアンが来るまでは考えもしなかったことだ。いたずらで、かんしゃくもちで、哀れで、おしゃまで、見栄っ張りで、いつも騒ぎをおこして・・・・それでも憎めないかわいいアン。マリラも「ああ 言葉が見つからないの 言いたい事が 話せなかったの」とアンを愛していたことを死んだマシューに伝えられなかったことを悔やむ。
 大人になるとどうしても言葉を選んでしまう。でもアンはあちこちにもらわれ、おはらい箱になり、孤児院を往復するたび、つらい自分、落ち込む自分、わずかなことに喜びをみいだす自分を発見し、その気持ちに素直に生き、とうとうマシューとマリラの家、グリーンゲイブルス(緑の切妻屋根)での夢にみていたような暮らしを手に入れる。その感謝の気持ちを決して忘れはしない。だからマシューの無骨なやさしさを理解し、マリラの不器用な愛情を受け入れる。ものを知らないはずの孤児が大人ふたりに素直な心を示すと、やもめとオールドミスという兄妹はそのコンプレックスも忘れ、アンに伝えたい言葉を模索する。辛酸を嘗め尽くした少女の言葉に真実を嗅ぎ取り、人生の先輩たちが学ぶようになる。


 「かわいい子には旅」とはいうけれど、しない苦労にこしたことはない。アンのいいところは、自分自身「そばかすだらけで、ニンジンみたいな赤毛の女の子。そして孤児」である現実を認識し、それに屈せず、はたからみれば滑稽なほど、美しくなることやアンという平凡な名よりコーデリアという素敵な名に憧れることを忘れていないことだ。希望があるからなんでも我慢できる。
 「おばさん、男の子でなくてごめんなさい。でもここに置いてはもらえないかしら。どうぞここに置いてください。お願い」と素直に気持ちを告げ、それが叶えられる。


 いまの豊かな世の中で、不幸な事件を起こすこども、まきこまれるこども。どうしてこんなことがという犯罪まで次々に起こっている。こどもの悲しい泣き声はどこできいても胸をえぐる。そしてこどもを変質させてしまった家庭、社会におぞましさを覚える。
 こどもには未来がある。こどもには夢があるはずだ。しかし「こどもに夢を与える」ということばを紙芝居の杉浦さんは否定した。
 「こどもに夢を与える? そんなんちごてる(違っている)わ。こどもはこども自身、夢を育てる力を持っているんや」
 こどもの持つ本来の逞しさ、耐える力。どうすればこどもたち自身みいだせるのだろう。マシューが妹につっかえながらも必死になってアンの着たい服を伝える。マリラは髪を赤から黒に染めるつもりで緑になって歎くアンを叱りながらその気持ちを悟る。紙芝居のおっちゃんの気持ちを考えて待つ少年。こんなお互いの存在を確認しあうという大切な積み重ねが、いまのわたしたちには欠けているのではないだろうか。


 杉浦さんに近づいてくるこどものかける言葉に思わず笑ってしまった。
 「おっちゃん、久しぶりやなあ。元気にしてたん?」
 まるで一人前の大人の会話ではないか。対等な存在のひととひと。大阪のこどもらしいコミュニケーション。逞しくそしておもろい。この少女の後に並んで、練乳掛けチョコレートせんべいをつい買ってしまったわたし。どうです素直でしょ。



葛西聖司さん 葛西 聖司 
(かさい・せいじ)
1951年、東京生まれ。中央大学法学部卒業とともにNHKに。現在、NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍中。日本演劇協会会員。義太夫協会会員。著書に「名セリフの力─日本語をきたえる76のことば─」(展望社)「能の匠たち」(小学館)など。
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