わたしの好きなお国ことば 葛西 聖司
  【第14回】  鮒だ、鮒だ、鮒侍だ →バックナンバーに戻る

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 「カリ公」「てこね」「火災報知器」「せいちゃん」「ぺっぺ」「かあちゃん」・・・・・誰もわからないこの言葉。全部、あだ名である。それは私の。皆さんのあだ名も思い出して欲しい。嫌だったもの、気に入ったもの、忘れたいもの、いまでも呼んで欲しいもの・・・いろいろあると思うが決していわれたくないものがあったはずだ。こどもは残酷、名前や容姿の印象で本人には不愉快なあだ名を言い募る。その結果、同級生はそれを本人ほど深刻には受け止めず使い始める。嫌だとはもういえない。からかい半分でいわれたものが通称になってしまう怖さ。本人は傷ついているのにまわりは気づかない。こどもは言葉遊びを楽しんでいるに過ぎない。でもそれが結果的に「いじめ」になって自殺してしまうのが今の世の中だ。あだ名のように相手を動物など何かにたとえることばが、結果的に事件となってしまうことがある。


 歴史的事実はまったく不明だが、そうだったのかと思わせるのが「忠臣蔵」のセリフだ。「忠臣蔵」ということばは若者も知っているが、その内容認識ははなはだ怪しい。
 曰く、「大勢の侍が門の前に並んでいる」
 曰く、「いじめる権力者に対する謀反」
 曰く、「親の仇(あだ)とか敵(かたき)を討とうという事件」などなど。
 全部違っていて、全部正しい。
 「主君の仇を討つため敵の門の前に勢揃いしている47人の侍たち」だから。主君に忠義を尽くす家臣で「忠臣」。そのリーダーの名が「内蔵助(くらのすけ)」だから「蔵」と考えれば納得がゆく。ついでに正式名「仮名手本」は四十七士で「いろは仮名」の数と同じ。そんな武士の「お手本」だそうだ。
 浅野内匠頭(たくみのかみ)が吉良上野介(きらこうずけのすけ)に斬りつけ、その責任をとって切腹した。歴史的にはこれだけ。もっと正確にいえば吉良が浅野を「いじめ」たかどうかはわかっていない。勝手に「キレて」吉良に斬りつけ狂人として処罰された。いや、ずっと体調不良で発作的に刃傷に及んだ。いや、いじめぬかれて耐え切れず斬りつけた。など、さまざまな解釈がなされてきた。
 そのひとつの解答を与えたのが「忠臣蔵」という戯曲。これが空前のヒットとなり、人形浄瑠璃から歌舞伎に、そして映画やオペラ、新劇やバレエなどの格好の素材になった。戯曲が有名になったため「江戸城刃傷事件」や「浅野家浪士討ち入り事件」を通称「忠臣蔵」と呼ぶようになったのだ。


 今年は討ち入り300年にあたり「忠臣蔵」上演が相次ぐ。この作品の優れた第一点は「なぜ、内匠頭が吉良に斬りかかったか」という誰も知らない内容にひとつの答えを出していることだ。
 ひとつ、内匠頭の妻に吉良が横恋慕して肘鉄をくった遺恨。
 ひとつ、浅野が賄賂を贈らなかった不満。
 ひとつ、直前に吉良が若輩から罵倒されるという不愉快な出来事があった。
 そんな伏線から、斬られるとは考えもしないで浅野に悪口雑言を吐いてしまう吉良像を作り、それに耐えられない潔癖な浅野像を造形したことが面白い。
 浅野は吉良から遅刻したといってまずなじられる。でも直前の、自尊心を傷つけられている様子を察知しているから無視する。次は妻のことを「才女」といって誉めそやし、嫌味たらしく夫婦の仲の良さをあげつらう。ここまではまだ余裕があって受け流すことができる。肝心なのはそのあとの浅野のひとことが相手を逆なでしてしまったことだ。それは、「お酒機嫌で、ご冗談をおっしゃっているのでしょう」と。
 これが絶好球。賄賂をもらっていないものだから「いつ、あなたが酒をくれましたか」とねちねち始まる。
 そして曰く、奥さんとの仲が良いから酒ばかりふたりで飲んでいて遅刻した。
 さらに、奥さんと狭い家にいるからこんな広い御殿にくると、うろうろして迷子になるんだ。と、いいたい放題。ここまでは我慢もした。でも耐えられなくなるのはこのあとの表題のセリフ。
 お前の狭い家が井戸だとすれば、この御殿は世間だ。井戸の中の鮒は広いところでおろおろして柱に頭をぶつけて死んでしまう。その鮒にお前は似ている。よく見れば鮒そっくりじゃないか。鮒が侍の姿をするのを俺ははじめて見た。
 「鮒だ、鮒だ、鮒侍だア」
 ここまで、からかっていわれれば誰でもカッとする。その上、浅野は一国一城の主(あるじ)である。家臣への示しもつかない。だから、むっとして斬りつけようとする。しかし思いとどまる。江戸城で刀を抜けば家は断絶、本人は切腹しなければいけない。それに気づいて謝る。そうすると嵩にかかってさらにいじめる。弱いと見ればとことん攻撃する吉良の倣岸さ。これが結果的に吉良の身を滅ぼすことになる。


 結末は歴史的事実のみ。だれもその原因は知らない。浅野は遺言をしなかったし、吉良も言及していないからだ。
 「忠臣蔵」の戯曲が教えてくれるのは、言っていいことと悪いこと。言ってもいいけど引く時は引かなければいけないこと。笑えるようなつまらないことなら笑って許せること。などなどだ。
 ひとそれぞれに自尊心を持っている。たとえなにかに似ていても、事物にたとえられたとき笑えないことが多い。他人は知らないうちに人を傷つけているのだ。


 参考までに冒頭のあだ名の説明。葛西から「火災報知器」は単純。「かあちゃん」は単に葛西の第一音の「か」を伸ばしただけ。「ぺっぺ」は自分の頬を指して「僕」といっている行為から。「カリ公」は漫画「冒険ダン吉」に出てくるネズミによく似ているから(チョコチョコうるさいんだって)。「てこね」は初任地、鳥取にある「てこね寿司」から。わたしに揉み手をしている印象があるからだろう。この辺になると抵抗あるが、まだいい。本当にいわれたくないものは当然ここに書かない。思い出したくないあだ名が誰でもあるだろう。いままで刃傷や喧嘩や暴力にならなかったのは、嫌なニックネームを口にしない友人がたくさんいたからかも知れない。


 忠臣蔵の悲劇は、「井の中の蛙」というべきフレーズを「井の中の鮒」と、いい間違いしてしまったことにも気づかず、大きな声で自分の家臣に聞こえるように叫んだこと。これがいけない。ふたりだけにしか聞こえない内容ならまだ我慢もできたはず。芝居の面白いのは客席のみんなも聞いているという構造だ。より悔しさが実感できる。そして、浅野がこらえきれなかったからこそこの原稿が書けるのかもしれない。なお、忠臣蔵では浅野内匠頭は塩谷判官、吉良上野介は高師直という太平記の登場人物に置き換えられている。師直は吉良と同じように意地悪で好色な人らしい。おっと、吉良がそんな人と思い込んでいるのは、わたしも「忠臣蔵」病だ。吉良様申し訳ありません。



葛西聖司さん 葛西 聖司 
(かさい・せいじ)
1951年、東京生まれ。中央大学法学部卒業とともにNHKに。現在、NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍中。日本演劇協会会員。義太夫協会会員。著書に「名セリフの力─日本語をきたえる76のことば─」(展望社)「能の匠たち」(小学館)など。
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