わたしの好きなお国ことば 葛西 聖司
  【第19回】  おもさげながんす →バックナンバーに戻る

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 「わたしはハーフです」と、いつも口にして人をわざと驚かせる悪い癖がある。父が東北生まれで、母が大阪生まれだからだ。みちのくと上方の、両方の血が流れている。それほど極端に違うと感じることがある。
 納豆が好きな父とうどんが好きな母。沢庵、白菜などの漬物で茶を飲む父の実家と、ところてんが黒蜜である関西の祖父母の家。まったく比較対照にはなっていないが、まあ好みが違うのだ。やはり食生活にその差がいちばん出る。
 ことばはといえば、そんなに意識したことがなかった。なぜなら父は東北なまりをふだんほとんど感じさせなかったからだ。時折、鉛筆の「え」が「い」に近く聞こえるぐらいで、いわゆる「ずうずう弁」はまったくなかった。しかし母は妙なことばだった。大阪弁風東京ことばというのだろう。まず早口だった。ただ息子として変だとはわからない。教えてくれたのは同級生。小学校で笑われたのだ。それは「なおす」ということば。修理するという意味ではなく「しまう」「納める」「片付ける」という意味だが、わたしが「消しゴムを筆箱になおしておいてね」とガールフレンドにお願いしたら笑われたのだ。憧れのくみこちゃんに。ショックだった。立ち直れない。女の子はそれほどの影響力がある。そんな子ども体験がアナウンサーという仕事を意識した入り口なのかも知れないと最近思う。


 昨今の時代劇で強烈な印象が残ったのはみちのくのことばである。映画化されて賞を総なめにした「たそがれ清兵衛」(山田洋次監督)。いわば、ずうずう弁という濁音の多いことばを真田広之や宮沢りえが口にする。それが心地よい。おもに「そうです」にあたる「そうでがんす」が多用されている。庄内地方のことばであるが、この濁音が温かくせつない。
 たそがれ時に必ず帰宅し、子どものめんどうを見る父、清兵衛は、そんなあだ名で揶揄された。なぜ即刻帰るのか。それは妻、つまり子どもたちの母が早世したからだ。そんな優しい父が実は目を見張るほどの剣術使いで、壮絶な死闘を繰り広げる後半が圧巻。その戦いに勝っても、「そうでがんす」というやわらかな響きで帰宅する。現代の男性にない強靱さと優しさが「がんす」の音(おん)にくるまれ、共感を呼んだのだろう。


 「壬生義士伝」は浅田次郎のベストセラーで、テレビの長時間ドラマにもなり、映画もヒットした。南部盛岡藩の下級武士が脱藩し新撰組にはいる。それは貧しさから妻子に仕送りするため入隊したのだ。藩校で助教を勤め、教養もあり、やはり剣にもめっぽう強い武士だ。他藩なら出世を極めてゆくだろうに、貧しい藩ゆえ家族を食べさせられないほど困窮していた。
 その名は吉村貫一郎。南部なまりが消えず、しかし、ふるさとの美しい山河を誰より自慢してはばからない好人物。いちばん口にするセリフが表題の「おもさげながんす」である。「御(おん)申し訳のないことでございます」の意味だ。ごく日常的に使うのだが、ぎょっとしたのは、罪人の首をスパッとはねた後も「おもさげながんす」だった。
 食べるために人を斬る。自分が生きるために人を斬る。妻子に届ける金のために人を斬る。実に明確な論理。そのたびに「おもさげながんす」が出る。仲間からは守銭奴呼ばわりもされるが、強い望郷の念と家族思いが、血みどろの仕事を読者や観客に許してしまう。
 テレビは渡辺謙が演じ、映画は中井貴一が主演した。東北人を父に持つわたしには、原作の文字からでも、このセリフのニュアンスや響きが聞こえていたが、映像化、音声化されるとより具体的に迫ってくる。渡辺謙の東北弁もうまいのだが、テレビは放送時間が冗長すぎてこのセリフが生きてこなかった。その点映画は限られた時間の中、シナリオの中島丈博が優れた筆でまとめていた。
 中井貴一の「おもさげながんす」はときにさりげなく挨拶のように、ときには悔恨の響きとして効果的だった。



 しかし、わたしが感心したのは中井貴一ではなく佐藤浩市のセリフだった。新撰組の剣客、斎藤一を演じていた。貫一郎の朴訥さ、誠実さ、田舎臭さ、妻子を愛し故郷を讃える言動に辟易し、憎しみさえ抱く人物。実際、ふたりきりの帰り道、暗殺しようと斬りかかったこともある。しかし斎藤は毛嫌いし続けていた守銭奴の田舎者に次第に惹かれてゆく。それは義によって生きている姿勢を、貫一郎がどんなときにも愚直なまでに貫き通しているからだ。新撰組が無残に潰走し、崩壊する戊辰戦争の最中、斎藤は貫一郎に逃げろ、生きろと叫ぶ。しかし、貫一郎は義を全うして死ぬ。
 それから40年。明治も末、貫一郎の娘が嫁いだ医家に、斎藤は孫の治療のため偶然訪れる。お互い素性は知らない。孫の診察を待つうち、机上にある写真を見る。貫一郎の新撰組姿の一葉だ。これは原作には無い。滝田洋二郎監督の作術だ。その結果、斎藤は吉村の消息を知ることになる。
 秀逸なラストシーンが待っている。すべてを知った斎藤は、貫一郎の娘や夫には、自分の境涯をなにも明かさず、ただ、孫の治療に対する礼として、知るはずもない娘の旧姓で感謝のことばをこういう。
 「よすむら せんせい おもさげナ ながんす」と。
 ここで、観客は滂沱(ぼうだ)の涙を流すことになる。斎藤は南部出身ではないが、耳朶に焼きついた貫一郎の響きがつい口に出て、正確でないところを「ナ」という音で俳優、佐藤浩市が加えたのではないだろうか。
 また、原作には無いこの場面を脚本に書き込んだ中島丈博は土佐の人。でも「おもさげながんす」は原作の文字から耳に聞こえてきたのでキーワードとして使ったと、わたしに教えてくれた。
 方言は土地の響きだ。音にして、その風土の景色のなかで耳に聞いて初めて生きてくる。映画では、貫一郎が口にする「南部盛岡は日本一の美しき国でござんす」のとおり、まばゆい山河が映し出される。


 方言や地方なまりが素敵だというのは、いいつくされてきた。なまっているということで軽く見られることも多い。わたしも注意されたことがある。それは、義太夫の竹本駒之助師にである。稽古をいくら積んでも「葛西さん、なまってます。それは東京のアクセント。義太夫は上方が標準語。わかってますね。はい、もう一回」と・・・・・・。わたしのハーフ論もいい加減な証拠か。



葛西聖司さん 葛西 聖司 
(かさい・せいじ)
1951年、東京生まれ。中央大学法学部卒業とともにNHKに。現在、NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍中。日本演劇協会会員。義太夫協会会員。著書に「名セリフの力─日本語をきたえる76のことば─」(展望社)「能の匠たち」(小学館)など。
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