わたしの好きなお国ことば 葛西 聖司
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 「みんなで『おかあさーん』と叫んだんです。はじめは恥ずかしがっていた戦友も滑走路の端まで走って口々に言い始め、全員涙があふれて止まらなかった」
 茶道裏千家、千玄室(先代宗室)のことばである。特攻隊として出撃命令を目前にした鹿児島県、串良(くしら)基地での思い出だ。結局、仲間はほとんどが戦死、本人は待機命令のまま敗戦。奇跡的に生き残ったことから、日本文化・茶の湯の道を使命と感じ、以後、武器を茶碗に持ち替え、平和活動を続けてきた。
 千玄室が戦勝国、西洋に誇れるものは日本の伝統文化だと確信したのは、進駐軍将校に茶室で正座やお辞儀を毅然と指導した父、淡々斎の言動を見たからだという。
 日本人が自信を持てない時期に、決して偏狭な国粋思想ではなく、伝統や歴史に万国共通の意義を見出したところに千玄室の先見性があった。
 ボーダーレスや国際化といわれる昨今、日本人がどれだけ自分の国の文化をわかっているだろうか。つまり胸を張って自国の文化を主張できるのだろうか。知らないことは恥ずかしくない。日本人が愛し培ってきたものを知ろうとしない、理解しようとしないことが恥ずかしいのである。


 近松門左衛門の最大のヒット作は「国性爺合戦(こくせんやかっせん)」という浄瑠璃だ。「曽根崎心中」や「心中天網島」などのように、たびたび上演される人気作ではないが、この時代にこんな国際感覚ある戯曲を書いたのかと思うほどびっくりする内容だ。
 父が中国人、母が日本人。その間に生まれた息子が主人公。明国が韃靼(だったん)国に攻められ、皇女が日本に救いを求めに来る。そこで親子三人が大陸に渡って大活躍をするという壮大な歴史物語である。
 息子の名は「和藤内(わとうない)」。藤の文字を同音の唐にすれば、この名前が日中両国の申し子であることがわかる。ただこの親子三人は近松の創作ではない。実際に江戸初期におきた出来事を調べて浄瑠璃作品にした。この取材力と創作力。インターネット顔負けの情報収集能力である。
 和藤内は大陸に渡り猛虎をペットのように飼いならしたり、兵士たちをあっという間に服従させたりとスーパーマンに描かれる。虎が住む竹林の場面だけを中国の人が見れば嫌な気がするかもしれない。それは、異国からやってきたたったひとりの男が怪力と伊勢神宮のお札で虎を手なずけたり、屈服した兵士の頭髪を大陸風から「ちょんまげ」に替えてしまうからだ。侵略の過程で戦勝国の方式に従わざるを得ないことは、戦後アメリカの占領政策をみれば納得できるだろう。
 でも近松はそれだけでは終わらない。次の場面で大陸の名将、五常軍甘輝(ごじょうぐんかんき)を味方につけようとする。結果、同盟関係を結ぶことに成功し、和藤内は「延平王(えんぺいおう)国性爺(こくせんや)鄭成功(ていせいこう)」という長い名前に変わる。まさに中国の国姓を名乗ることに題名の由来がある。それとともに衣裳も髪型も中国風に一変する。これこそ相手の国の文化を尊重する近松の国際感覚の表れなのだ。


 和藤内がなぜ甘輝を選んだか。それは甘輝の妻との縁による。その妻は和藤内の父が大陸時代に産んだ娘だったからだ。つまり異母姉の夫、義理の兄弟であるから頼っていった。
 「国性爺合戦」の最大のドラマは、この同盟関係を結ぶか否かを甘輝が悩むところにある。血縁の情にほだされて味方しては、今仕えている王がいくら悪政を敷いても、臣下の道義にもとる。ゆえに、味方する代わりに妻を殺そうとする。それを留めるのが同行していた和藤内の母だ。
 この老母は日本人。甘輝の妻とはなさぬ仲である。夫の先妻の娘とは義理の母娘でしかない。しかし、老体をおして庇う。この娘を殺してしまっては継母が唐土(もろこし)の継子を憎んで見殺しにしたと人に思われる。自分の恥になるという。
 ここまでだったら、自分の評判を守るためだけの言動ととられても仕方がない。が、近松はさらに表題のこんなセリフを用意する。
 「わが身の恥ばかりかは。あまねく口々に日本人は邪険なりと、国の名を引き出すは、わが日本の恥ぞかし」
 娘は本当の母に大恩がある。産んでくれた恩だ。だが、わたしは継母だから憐れみをかけてもいないし、恩を与えてもいない。だから、お前を見殺しにしてしまったら日本人はなんてひどい国民なんだと世間はそしり、自分ばかりか日本そのものが中国の人から蔑まれてしまう。だから、あなたを守るのだ。・・・・・・・
 すばらしい意識の持ち主ではないか。


 結局、義理の老母も妻も殺したくない甘輝は味方しないことになる。そこで妻はひそかに懐剣を胸に突き立て自害し、老母はふたりの英雄が心残りなく、敵対もしないよう娘の胸の懐剣を抜き取って、わが身を貫き跡を追う。その時のセリフが 「この上、母がながらえてははじめのことば虚言となる。ふたたび日本の国の恥を引き起こす」といいきる。
 うわべだけの庇い立てではなかったことを証明し、ふたりの英雄が蜂起する邪魔にならない心配りをみせ、義理の娘とともに死んでゆくのである。
 人形浄瑠璃や歌舞伎で描かれるこの母は渚という名を持ち、弱々しい老母でしかない。このセリフから想像できる烈婦ではない。心構えが骨太というべきなのだろう。
 今年は近松生誕350年。そんな昔、日本という国家意識をしっかり持ち、今でいえば宇宙旅行するような距離感の中国との文化的平衡感覚も持っていた。それを母という女性のセリフに託しドラマを分厚くしたのである。


 千玄室は「おふくろに会いたかったのは、もう一度、頭を撫でてもらいたかったんです」と教えてくれた。
 創作の世界ではあるが、和藤内も国家意識を持つ母に褒められたくて遺志を全うする。
 茶道宗匠と歴史の英傑はどちらも男性。しかし、ふたりを産み、世界に送り出し、名をなさしめたのは間違いなく母という名の女性だった。
 強きもの汝の名は、やはり、おかあさんだ。

     

葛西聖司さん 葛西 聖司 
(かさい・せいじ)
1951年、東京生まれ。中央大学法学部卒業とともにNHKに。現在、NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍中。日本演劇協会会員。義太夫協会会員。著書に「名セリフの力─日本語をきたえる76のことば─」(展望社)「能の匠たち」(小学館)など。
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