わたしの好きなお国ことば 葛西 聖司
  【第21回】  ろくろのような首をして →バックナンバーに戻る

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 「寝かせることが大切です」宮大工の棟梁、小川三夫のことばである。薬師寺や法輪寺など古刹の復元、修復の第一人者だ。
 山から切り出した材木は「寝かせる」ことが必要。また、大工修業の若者も「寝かせなくては」一人前に育たないという意味らしい。
 「寝かせる」、つまりゆっくり時間をかけて横に寝かせておくと、真っ直ぐと思っていた木がゆがんだり、裂けたりする。それを見極めてから製材すれば建造物に狂いは生じない。切り出してすぐ使ってはいけないのだという。
 また、入門したての弟子には、大工道具や木には手を触れさせず、掃除や料理だけを命じる。そしてじっと観察する。不満に思ったり、暴れたり、若者たちはその本性を見せる。それを待って初めて個性がわかり、それぞれの適正に応じた仕事を振り分けてゆく。若者にとっても仕事をやりたいと思っていた気持ちが頂点に達しているからこそ成長する。
 弟子を育てるにも部材を得るにも時間がかかるが、決して無駄な時間はないということなのだ。含蓄のあることばだ。


 江戸時代、木と紙でできた長屋が多く、火事が多発した。風吹けば桶屋が・・・・・よりもっと早く材木屋は繁盛した。成長する大店(おおだな)の典型が紀伊国屋であり奈良屋だった。
 歌舞伎では白子屋(しろこや)が出てくる。ただし身代(しんだい)が傾きかけている。それを救えるのは美人と評判の娘、お熊だ。持参金付きの婿を迎えること、つまり親の望む結婚しか助かる道はない。
 しかし、お熊には好きな人がいる。手代(てだい)の忠七という無給の使用人。当然、色男で金も力もない。そこにつけこみ、ふたりを一緒にしてやるから駆け落ちをしろと、そそのかす男がいた。髪結い商売の新三(しんざ)という小悪党(こあくとう)である。
 それは罠。お熊が忠七と自発的に家出したように見せかけ、途中で誘拐して身代金を得ようという魂胆だ。新三は首尾よく永代橋(えいたいばし)までやってきて、娘を駕籠(かご)で先行させ、邪魔な忠七の始末にかかる。梅雨時で外は雨。相合傘で橋のたもとまで来る。ここで親切だったはずの新三が豹変。忠七を突き飛ばして名セリフになる。


 「にこにこ笑った大黒の 口をつぼめた傘(からかさ)も 並んで差して来たからは相合傘の五分と五分」
 いつもは髪結いのお得意様だからぺこぺこ、愛想を振りまいていたけれど、相合傘でここまでくりゃあ、お前とは対等なんだ、と凄みを効かし、さらに、
 「ろくろのような首をして お熊が待っていようと思い 濡れる心で帰るのを」
 娘をはじめから狙っていた本心を吐露する。そして、
 「こっちも男の意地づくに破れかぶれとなるまでも…しらをきったる番傘で うぬがか細いその身体へべったり印をつけてやらア」と脅しつけ、忠七をさんざんにぶちのめす。
 このセリフはもう少し長いのだが、どれも傘にまつわる単語で構成されている。
 大黒というのは大黒傘のこと。大阪の大黒屋が売り出した番傘。傘の代名詞だ。ろくろは轆轤と書き、傘を開いたり閉じたりできる仕掛け。柄が伸び縮みするように見えるので首の長いお化け、ろくろっ首にも掛けている。破れるのは傘の紙。その白い紙が番傘で「しらをきる」と掛け言葉。すべて「傘尽くし」になっている。


 結局この夜、娘は新三の家に連れ込まれる。翌日、仲裁役が活躍し、30両で人質救出劇が成功。無事解放される。
 誘拐なら警察にいえば? というのは当時の常識でもそうだが、箱入娘の家出、使用人との恋、まして高額の婿養子の縁談などすべてがワイドショーならぬ噂で世間に知られてしまうので穏便解決策を選んだのだ。
 この歌舞伎「梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)」通称「髪結新三」の犯罪ドラマのみどころは、男の髪結いという粋な職人が悪人の本性を見せる変わり目にある。それがこのセリフの響きに表れるのだ。


 「寝かせる」ということばで始まった今回の稿だが犯罪者、新三が娘を自宅に連れ込んだ後のこと、つまりその夜は描かれていない。翌朝、この家の押入れに猿轡(さるぐつわ)をされて放り込まれた哀れな姿しか描かれていない。実際はどうだったのだろうか? それは観客の推理に頼るしかない。
 永代橋の場面で新三は、「ろくろのような首をして お熊が待っていようと思い」と口にする。もちろん待っているのは忠七のはずだが、新三の苦みばしった悪の色気からは手込(てご)めにしてやろうという魂胆が見えてくる。
 また、遊山舟からこんな端唄(はうた)が流れてくる。
 「書き送る 文(ふみ)もしどなき かな書きの 抱いて寝よとの 沖越えて」意味深だ。
 歌舞伎のお熊は可憐で純情そうに描かれているが、実説は違う。題名の「昔八丈」の由来は美人で黄八丈の着物がよく似合う娘がかつていたということを指す。その名もお熊。しかし婿にした夫を殺そうとしたおそろしい女性でもあったのだ。観客はそんな娘の本性をよく知っていた。かわいいけれどあぶない娘。その実説とおぼこ娘の虚構のあわいに新三の人物像がみごとに浮かび上がる。河竹黙阿弥が明治6年に書いた名作である。


 紙と木でできた傘。襖や障子の紙と材木でできた家。日本の風土から作られた道具と建築。歌舞伎作者と宮大工の編み出すセリフには、人間を解き明かす秘密がいっぱいつまっているのである。

葛西聖司さん 葛西 聖司 
(かさい・せいじ)
1951年、東京生まれ。中央大学法学部卒業とともにNHKに。現在、NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍中。日本演劇協会会員。義太夫協会会員。著書に「名セリフの力─日本語をきたえる76のことば─」(展望社)「能の匠たち」(小学館)など。
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