わたしの好きなお国ことば 葛西 聖司
  【第22回】  知らなんだワイナァ →バックナンバーに戻る

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   今年のカンヌ映画祭。黒のオーガンジーに友禅の振袖を組み合わせたドレスで真っ赤な絨毯の上に立つ女性がいた。映画監督の河瀬直美だ。新作「沙羅双樹(しゃらそうじゅ)」がコンペ部門の出品作に選ばれた。このカンヌで新人監督賞を受け、一躍世に名を知られたのは6年前。でも、その時は赤いカーペットの豪華なコンペ会場ではなかった。再びこの地にグランプリを競うまでに成長して帰ってきたのである。
  12年前「につつまれて」という8ミリ映画を撮っていた時には想像もできない栄光だ。でもこの自分探しのアマチュア映像が河瀬監督にとっては今日の原点でもある。ある場面には戸籍簿が映っている。父母、養父母、全員姓が違う。誕生直後、両親が離婚。ふたりとも直美を育てず、遠縁の老夫婦に養女として出される。20歳を過ぎ、8ミリカメラで映像世界を目指す習作として、自ら父親探しをするドキュメンタリーを撮った。戸籍、住民票から何ヶ所も居所を探し、つきとめ、電話をかける。その瞬間の自宅の光景と当人の会話がフィルムに記録されている。
  直美「キヨノブさんですか」
  父 「どちらさんですか」
  直美「河瀬直美って、いうんですけど」
 父 「なおみ?」
このあと少し間をおいて、
 父 「えっ? あんた直美?」
 直美「は、はい・・・・」
 何度見ても、何回聞いても胸がふるえる。
 それは生まれてすぐ「捨てた」はずの娘の名を23年間覚えていた「父」がいたという事実に感動するのだ。8ミリをまわし、電話をかけても無言で切られるかも知れない。「河瀬直美さんてどなたですか?」あるいは「ごめんね、家族がいるのでかけなおすから」などといわれてもおかしくない状況と歳月だ。でも自分の名前を覚えていてくれた。これだけで勇気を出して父を探しあてた甲斐があったというものだ。
 会いたい人がいて、お互いに名前を覚えている。こんな素敵なことはない。


 「朝顔日記」という芝居は、深雪(みゆき)という大家の娘が恋人、宮城阿曽次郎を慕って家出し、悲しみの余り目を泣き潰してしまう。その人に会いたい一念が思い切ったことをさせた。盲目になっても深雪はくじけない。筝唄(ことうた)で生計をたてる芸人として旅を続ける。唄は恋人が扇子に書いてくれた朝顔の詩に曲を付けたものなので、通称「朝顔」と呼ばれるようになる。ある日、いつも親切にしてくれる宿屋で演奏をする。その座敷の客はあれほど会いたかった恋人だった。でも目が見えないのでわからない。相手も駒沢と名前を変えて旅の途中、役目や同僚の手前、目の前の娘に名乗れない。そこで目を治す薬や金を置いて立ち去る。現代のメロドラマとして通用するラブストーリーが人形浄瑠璃や歌舞伎で有名なこの作品だ。
 数時間後、深雪に薬などとともに朝顔の扇が渡され、こう書いてあると教えられる。
 「宮城阿曽次郎 こと 駒沢次郎左衛門」
なんと探しあぐねたその人の名ではないか。気も動転。出るセリフは表題の繰り返しだ。
 「ええっ 知らなんだ 知らなんだ 知らなんだワイナァ・・・」
 半狂乱で慟哭する深雪の姿は哀れを極める。そして大雨にもかかわらず、杖も折れよとばかりに恋しい阿曽次郎を追いかけてゆくのがクライマックスだ。
 会いたさ一途の思いで旅をする深雪にはモデルがある。九州日向から両親を探して駿河の国まで艱難辛苦の末にたどりつく少女だ。たとえ失明しても、貧しくても、危険でも我慢できるのは、会いたい人がいて、きっと相手も会いたいと思ってくれているだろうという希望があるからだ。
 深雪の絶望は、会っていたのに気付かなかった己が不明から起きる。そして悔恨が自らを責め立てて雨の夜道を疾走させたのだ。



 河瀬直美にカンヌ出品作「沙羅双樹」のテーマを聞いた。
 「生きる喜び。生命の輝き」と言い切った。ラストシーン近くに出産場面がある。監督自身が妊婦を演じた。助産所で学んで感動した思いを映像で再現し、テーマに盛り込もうとしたという。渾身の演技でもあった。
 4000人総立ちの拍手がコンペ会場で5分間続いたという。河瀬監督の傍らで号泣する老女がいる。監督の養母、宇乃さんだ。なんと88歳。最高の親孝行ではないか。
 8ミリのドキュメントフィルムに宇乃さんはよく出てくる。そのなかでわたしの好きな場面は、自分が映っているモニター画面を撫でながら宇乃さんがこういうところだ。
 「おばあちゃんのこと 懐かしい? おばあちゃんのこと 好き? 好いてくれてる?」
と直美さんに繰り返し聞いているシーン。このやさしい声の人に育てられたからこそ河瀬直美は再びカンヌの地を踏むことができたのだと実感したものだった。それは好きな人のために目標をもつことが知らず知らず後押ししてくれたのだろう。


 「朝顔日記」の主人公、深雪は大井川までたどりつくがすでに川止め、渡れない。絶望の極限に追い込まれ、死のうとまでする。しかし宿の主人に託された薬のおかげで目が見えるようになり、急展開のハッピーエンドが待っている。
 河瀬直美に色紙を書いてもらった。
 「終わり良ければ すべて好し」
 すべてよしの「よし」は好きという文字だ。前向きにあきらめない。好きなこと、好きな人のために。朝顔も直美もいっしょである。
 いつもぼやいたり、不平不満ばかりいっているわたし。こんな好いことば「知らなんだわいな」ではすまされないか。


葛西聖司さん 葛西 聖司 
(かさい・せいじ)
1951年、東京生まれ。中央大学法学部卒業とともにNHKに。現在、NHKエグゼクティブアナウンサーとしてテレビ、ラジオで活躍中。日本演劇協会会員。義太夫協会会員。著書に「名セリフの力─日本語をきたえる76のことば─」(展望社)「能の匠たち」(小学館)など。
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